※写真上=長きにわたり、世界のトップスプリンターとして活躍し続けたスクーマン
写真◎榎本郁也(スイミング・マガジン)

自由形、バタフライの短距離種目のスペシャリストとして長年、世界トップレベルに君臨してきたローランド・スクーマン。爆発的なその泳ぎはスプリンターなら誰もが憧れるものだが、最速スプリンターとしての地位を保ち続けてきたのは、単にパワーだけではない。ここでは2007年メルボルン世界選手権の50m自由形のレースを元に、早稲田大の奥野景介コーチによる解説でひもといてみる。

※本記事は「スイミング・マガジン2008年1月号」掲載内容を再編集したものです。

※連続写真は上段左から1~6、下段左から7~11。上記写真をクリックして、身体全体の動きを御確認ください。

キックの強さが生む
高いボディポジション

 ローランド・スクーマンのクロールの特徴は、まず強力なキックによって高いボディポジションを維持している点です。“水を切り裂いて”というより、“水の上に浮いた”状態で進んでいるイメージです。実際、写真6のように背中から後頭部までが水面から出ており、上体がフラット(水平)に保たれています。これは躍動感を感じられる泳ぎの典型的なシーンといえるでしょう。また、スタートが抜群に優れており、その勢い(出足のスピード)を泳ぎ全体に生かしています。

 この泳ぎの基本的な考え方としては、水の抵抗の軽減、そして水に乗る状態を作るために、キックに主眼が置かれていることです。

 キック自体は水中映像を見れば明らかですが、膝を大きく曲げず、蹴り幅の狭いものです。脚の付け根、股関節部分もそれほど動かさず、足先を鞭のようにしなやかに動かしています。足首の柔軟性を備えていることがわかる動きです。蹴り幅が狭いということは、それだけ身体全体の上下動を抑えることにつながります。高速になればなるほど、そのような水の抵抗を少なくすることがスピードの追求につながっていきます。

リカバリー時の腕の動き

 上半身の動きは、キックの打ち方、脚の動きに合わせて、作られているといえます。

 特徴的なのは、水面より上でのリカバリー時の腕の動きです。スクーマンは左サイドで息継ぎを行ないますので、反対側の右手になりますが、写真Aのように上腕が水面に向かって高い位置で保たれ、次いで肘、その下に手首が、さらにその下に指先が位置され、水面に向かって真っすぐになっています。しかも入水するかなり前の段階からその形が作られています。この形を保つことで、入水後に身体を少しローリングするだけで即キャッチができるようにしているのです。ストロークが高速回転になる短距離では、入水してから腕を伸ばし、手首を曲げて、そしてキャッチに入る動作では手順が多くなり、大きなロスを生じます。そのロスを生み出さないためのリカバリーの動きなのです。このような肘が高い位置にあるリカバリーはそのまま水中でのストロークを巧みに行なうことにつながるので、日本人選手にも大いに学ぶべき点のひとつといえるでしょう。

画像: 写真A:リカバリー時の腕全体の形に注目。肘が高い位置にあるリカバリーはそのまま水中でのストロークを巧みに行なうことにつながる

写真A:リカバリー時の腕全体の形に注目。肘が高い位置にあるリカバリーはそのまま水中でのストロークを巧みに行なうことにつながる

 もっとも肘を高く上げていると(身体に腕の重みがかかるため)沈みやすいものですが、ボディポジションを高く保つためのキック力があるから、そうしたリカバリーが可能になっているということです。

 水中でのプルの軌跡は、身体の縦の線に平行に、肩のライン上をストレートにかいています。入水した位置とフィニッシュ後に手を水面に出す位置が、縦に直線的になるといった感じです。フィニッシュは写真7のようにちょうど骨盤の位置までかききっているのがわかります。以前は曲線を描くような軌道が提唱されていましたが、現在は真っすぐに描くことでより直接的に推進力につなげていくことが主流になっているといえます。

 身体のローリングは息継ぎに関係なく、スクーマン独自のスタイルであり、右手がぐっと前に伸びているときには左手がしっかり後ろに引かれている無駄のないストロークを実現しています(写真7)。息継ぎ時には身体を大きく左に開くために、若干右手のかき始めが遅くなり、左右対象ではない部分も見られるのですが、これがスクーマンのスタイルであり、独自の泳ぎのリズムになっているのです。

泳ぎの背景にある米国流

 ここまで説明したリカバリーとストロークはスクーマンが練習拠点を置いている米国・アリゾナ大のフランク・ブッシュコーチ(本誌掲載当時)の影響が強いといえます。ブッシュ氏監修のDVDなどを見ると、そのことがよく理解できます。

 その中では、入水した際に手の甲にあたる前方からの水の抵抗も利用してプルに入ることも紹介されています。それは選手自身の感覚的な部分ですので言葉ではなかなか伝えにくいかもしれませんが、自分でかくというより、そうした水の抵抗をも利用してストロークを自然に促進し、より回転率を上げるという考え方のようです。

 また、指先がエントリー直前の状態で両腕の動きを止め、キックを打ち続けるドリルなども紹介されています。考えただけでも負荷のかかるドリルで、体幹の強さはもちろん、強靭な脚力も要します。そのような負荷の強いトレーニングをしっかり積むことで、スクーマンはどんな状況でも体軸がブレない泳ぎができるようになったと推測できます。おそらくここで掲載しているような連続分解写真を見て、ストロークを細かく何段階にも分けて把握し、エントリー直前のみならずリカバリーの中盤あたりで腕を止めてキックドリルを組み立てたりしていると思われます。

 スクーマンは南アフリカ共和国出身の選手ですが、キックの強さは近年、主流となっている米国流のキック重視のトレーニングによって培われたことがうかがえます。

 息継ぎ動作自体はうまいと思います。息継ぎをしたときに顔の横にある波のくぼんでいるところでしっかりしている。ゴーグルが片側しか見えていませんし、撮影の角度からですと口が見えないということは水面ギリギリのところで呼吸をしている証拠です(写真B)

画像: 写真B:スクーマンは左側で息継ぎをするが、息継ぎ自体も顔の横にある波のくぼんでいるところで無駄なくしている

写真B:スクーマンは左側で息継ぎをするが、息継ぎ自体も顔の横にある波のくぼんでいるところで無駄なくしている

効率化でスピードを追求

 50mバタフライ世界記録保持者(本誌掲載時)でもあるスクーマンは長きにわたり、短距離種目の第一線で活躍し続けていますが、月日を重ねるごとに泳ぎが効率的になっています。バタフライではクロール以上に全身のパワーを発揮することが求められ、なおかつ大きな水の抵抗を受けやすい泳法ですが、スクーマンは自由形でもその強さを大いに発揮しているといえるでしょう。そのため、得意の50mに加え、100mでもそのスピードを長く保つことを可能にしています。

 短い距離とはいえ、最初から闇雲に全力でいくわけではありません。レースを出足、中盤、終盤と三分割しレースプランを立て、例えば中盤ではいかに力を使わずにラストスパートにつなげるかなどを考えなければなりません。それは100mにも共通していることで、50mのレースプランを100mに生かす、またその逆の場合もあります。

 いずれにせよスクーマンは動きそのものをシンプルにし、無駄をなくしています。そしてより多くの力を動員し、高速回転によって推進力につなげていくことで驚異的なスピードを生み出しているのです。

★選手プロフィール

ROLAND SCHOEMAN
[ローランド・スクーマン]1980年7月3日生まれ、南アフリカ共和国・プレトリア出身。身長191cm、体重85kg。世界を代表する短距離のスペシャリスト。2000年シドニー、2004年アテネ、2008年北京、2012年ロンドンとオリンピックへは4大会連続で出場。2004年アテネ五輪では50m自由形で銅、100m自由形で銀、そして400mフリーリレーで金メダルを獲得。翌05年世界選手権では自由形、バタフライの50mで2冠を達成。07年世界選手権では50mバタフライで連覇を果たしている。長きにわたり活躍し、2016年リオ五輪の選考会にも出場した。自己ベストは自由形50m21秒67、同100m48秒17、バタフライ50m22秒90

★解説者プロフィール

[おくの・けいすけ]1965年生まれ、岡山県出身。瀬戸内高-早稲田大。現役時代の専門種目は自由形。1984年ロサンゼルス五輪をはじめ、数々の国際大会で日本代表を経験。順天堂大大学院修了後、早稲田中学・高校教諭、防衛大勤務を経て、2002年より、早稲田大で指導にあたっている。これまで2008年北京五輪代表の藤井拓郎(卒業1年目)、2016年リオ五輪200mバタフライ銀メダリストの坂井聖人(現・セイコー)、200m平泳ぎ世界記録保持者の渡辺一平らを育て上げてきた。

構成◎牧野 豊(スイミング・マガジン)

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