2000年代、女子100m背泳ぎで一時代を築いたナタリー・コグリン(米国)。ひときわ目を引いた大きなストロークが特徴で、速いキャッチからのIストロークで水面を進むスピードは群を抜いていた。得意のバサロ泳法も含めて彼女の強さをひも解いてみる。

※本記事は「スイミング・マガジン2007年11月号」掲載内容に、加筆・訂正したものです。

※写真上=2004年アテネ五輪、2008年北京五輪の女子100m背泳ぎ連覇を果たしたコグリン。フリーリレーのメンバーとしてもオリンピックでメダルを手にしている
写真◎榎本郁也(スイミング・マガジン)

※連続写真は上段左から右への流れで配置。上記写真をクリックして、身体全体の動きを御確認ください。

特徴的なキャッチとストローク
泳ぎを支える体幹の強さ

 ナタリー・コグリンの印象は、ほかの選手と比べてストロークタイムが長い、いわゆる大きな泳ぎです。中でも特徴的なのはキャッチとストロークの部分です。

 コグリンのキャッチは入水前から水をつかむことを意識し(写真A)、着水したら水面から浅い位置で素早く水をとらえ、そこから身体の軸に沿うように足方向へプッシュしています(Iストロークという言い方をしたりします)。昔は手を、半円を描くようにして水面からより深い位置でキャッチしてからプッシュする、横から見ると大きなS型の軌道でした。そのぶん身体のローリングが大きく、見た目には身体の中心線(頭上から股までを結ぶ線)に近いところでストロークが行なわれていました。ただしコグリン、または現在のほかのトップスイマーも同様ですが、手の軌道の関係もありローリングが小さいため、極端にいえば、腕だけ回しているように見える泳ぎなのです。リカバリーの際、肩が先に水面に出てくるのではなく、手が先に出てくる印象を受けるのがその証拠です。2007年メルボルン世界選手権決勝の泳ぎを見ていただければ、一目瞭然です。

画像: 入水前からキャッチを意識した左手。入水直後に素早くキャッチに入ろうとしている 写真◎榎本郁也(スイミング・マガジン)

入水前からキャッチを意識した左手。入水直後に素早くキャッチに入ろうとしている
写真◎榎本郁也(スイミング・マガジン)

 これは4泳法を通じて言えることでもありますが、現在の競泳界はキャッチをより早くすることで、泳速に反映させている傾向があるといえるでしょう。ボートにたとえれば、オールの軌道を大きくしてより遠くで水をとらえ、そこから思いきり引いていたのが、今は水を力強くとらえ、ガンガン進んでいくといった感じでしょうか。

 それは腕の力があればいいというものではありません。クロールでは自分の前方向で手かきを行ないますが、背泳ぎは後ろ方向に回すため、背筋が大きなポイントとなります。コグリンはその背中の筋力があり、使い方もうまいのです。

 キックに関しては、ローリングが小さいぶん、ボディポジションが水面に対して比較的並行で、蹴る方向のブレも少ないと思われます。つまり長いストローク長(1ストロークで進む距離)を維持するために無駄のないキックを打てています。

 こうしたコグリンの泳ぎは、体幹(コア)の強さがあるから実践できるものです。水泳はただ、手と足のみ動かせばいいというわけではありません。身体の芯から手足を動かす感覚を持っていないと泳速を上げることにつながりません。フラフープを思い浮かべていただけるとわかりやすいかもしれませんが、うまい人ほど身体の軸がそれほど動いていないように見えるのと同じ意味です。水に力を確実に伝えるためにはコアの強さが影響してくるのです。

もうひとつの武器である
バサロキック

 コグリンは泳ぎ自体に加え、水中でのバサロキックがうまいことも長所です。男子のマイケル・フェルプス(米国)にも通じることですが、スタートとターンの浮き上がりで大きなアドバンテージを奪っています。姿勢がブレずに、脚全体がしなやかにキックを打てています。

 鈴木陽二コーチ(セントラルスポーツ)もおっしゃっていましたが、コグリンのバサロは最初の2~3キックは自分の身体が水底方向へ潜るように上方向に力を入れて蹴り、そこから浮き上がっています。なぜかというと、水面に近い場所は水圧が弱く、深いところでは強いからです。水圧が強いところの方が確実に力を反映させることができるということです。とはいえ脚のみ使っているわけではなく、身体全体をしなるようにして力を大きなものにしています。身体のみぞおち部分を中心にして、しなっているといえばいいでしょうか。また、バサロキックを水面に対して斜めに打っている点も特徴的です。それもまた同様の理由で、水面に対して垂直にキックを打つよりも、斜めに打った方が水圧がかかるからです。

 バサロは長い時間、潜った状態で力を使っているわけですから、相当負担のかかる動作です。そのうえ、何もしなければ、鼻に水が入ってきてしまいます。鈴木大地氏(ソウル五輪100m背泳ぎ金メダリスト)の話では、唇で鼻を押さえたりして対処したそうですし、もしくは鼻から息を吐き続けたりしないと持続できないそうです。特にターン時は泳いできたあとに潜るわけですから、極限に近い状態になっているはずです。コグリンがどのように対処しているのかは映像だけではわかりにくいのですが(水中で息を止め続けているように見えるのですが)、いずれにせよ浮き上がったところですでに半身リードをしているわけですから、なかなか追いつけるものではありません。日ごろから意識してトレーニングできているからこそ、なせる業でもあるのは言うまでもありません。

現代水泳界を象徴する泳法

 コグリンの弱点をあえて挙げるとすれば、バサロで身体に負荷がかかっているため、レース終盤でタイムを落とす傾向があることです。タイプ的に先行逃げきりといえるかもしれませんが、終盤にピッチが上げられないのです。ストローク長は変わらないため、ペース自体が落ちるわけではありませんが、悪いときの泳ぎは身体の軸がブレて、頭の動きが激しくなってくる。こうなると泳速に影響を及ぼしてきます。

 あとは、一概に良し悪しでは判断できませんが、スタートの構えの際、前傾になっていることも挙げられます。背筋を真っすぐ伸ばして構えている日本の中村礼子、伊藤華英らと比べると着水が遅くなるからです。

 背泳ぎの歴史を振り返ると、バサロ泳法の制限距離が設定(15m)され、ターンもタッチターンからクイックターンに変わるなど、ルール改正が行なわれてきました。

 そうした流れの中、米国の選手は男子のライアン・ロクテなどもそうですが、バサロやドルフィンキックをうまく使う選手がレースを制する傾向が強まってきました。コグリンの泳ぎはまさにその象徴的なものであるといえるかもしれません。

解説◎高橋繁浩 構成◎スイミング・マガジン編集部

Natalie Coughlin
[ナタリー・コグリン]
1982年8月23日生まれ、米国カリフォルニア州出身。身長173cm。2004年アテネ五輪では100m背泳ぎ優勝をはじめ米国女子史上3人目となる1大会5メダルを獲得。2007年メルボルン世界選手権では100m背泳ぎを世界新記録で制するとともに、800mフリーリレーでも優勝を飾り、100mバタフライでは3位に。2008年北京五輪では100m背泳ぎで連覇を果たしたほか、100m自由形、200m個人メドレーで銅メダルを獲得。2012年ロンドン五輪では400mフリーリレーメンバーとして銅メダル獲得に貢献した。自己ベスト:100m背泳ぎ58秒94(2008年北京五輪)

解説者Profile◎たかはし・しげひろ
1961年6月15日生まれ、滋賀県出身。尾道高―中京高―中京大。現役時代は平泳ぎの第一人者として数々の国際大会で活躍。84年ロサンゼルス五輪出場後に引退するも、87年に復帰を果たし、88年ソウル五輪では自身が持っていた日本記録を10年ぶりに更新した。その後、米国へコーチ留学。帰国後、中京大で教鞭をとり、現在は同大スポーツ科学部教授、水泳部部長兼監督を務めている。日本マスターズ協会会長。

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