日本時間4日24時30分にキックオフされるラウンド16で、日本は韓国と対戦する。FIFA主催大会では、2003年のワールドユース(現U-20ワールドカップ)以来2度目の“日韓戦”。15年前、宿敵を破って世界8強入りを果たした一戦を振り返る。

上写真=韓国から2点を奪い、勝利の立役者となった坂田(写真◎BBM)※写真は同年11月のオーストラリア戦

■2003年12月8日 ワールドユース2003 in UAE・第2ラウンド1回戦
日本 2-1(延長) 韓国
得点者:(日)坂田大輔2 (韓)チェ・ソング

FIFA主催大会初の“日韓戦”

 大熊清監督が指揮を執る当時のU-20日本代表は、現A代表のGK川島永嗣らを擁して世界に挑んだ。第1ラウンド初戦でイングランドを相手に坂田大輔のゴールで1-0と勝利し、第2戦ではコロンビアに完敗したものの(1-4)、第3戦でエジプトに競り勝ち(1-0)、グループDの首位で第2ラウンド進出を決めた。

 12月8日(現地時間)にアブダビで戦う相手となったのは、グループFを3位で通過した韓国。FIFA主催の世界大会では、各年代を通して初の“日韓戦”となる。第1ラウンドの結果からは、強豪ひしめくグループで首位となった日本が優勢に見えるが、この世代の韓国にはU-20アジア選手権を含めて、過去4戦すべてで0-1と敗北している。試合前には「苦手意識はある」と口にする選手もおり、難しい戦いを強いられることが予想された。

 実際に試合の主導権は韓国に握られる。キム・ドンヒョンとチェ・ソングの2トップを起点としたカウンターから押し込まれる展開となり、38分にチェ・ソングに先制ゴールを許した。

 このとき、ピッチ脇に平山相太の姿があった。交代出場の準備をしており、直後の39分に阿部祐大朗に代わってピッチへと投入された。それまで日本はボールを回すも、なかなか前線へと運べなかったが、投入された平山が前方のターゲットとなり、最終ラインからのロングボールが増えるようになった。

大熊采配が生んだ逆転劇

画像: チームを率い、世界のベスト8入りを果たした大熊監督(写真◎BBM)※写真は同年11月のオーストラリア戦

チームを率い、世界のベスト8入りを果たした大熊監督(写真◎BBM)※写真は同年11月のオーストラリア戦

 その後、平山には韓国DFのマークが集中したが、それを見た指揮官は73分に坂田を投入して3トップに変更する。81分には3バックの右を務めていた栗原勇蔵を前線に上げ、敵陣での人数を増やした。

 日本の策が功を奏したのは、試合終了まで10分を切った82分だった。徳永悠平のフィードを平山がヘディングで流し、ペナルティーエリア内のスペースでボールを受けた坂田が右足でゴールネットを揺らした。終了間際に同点に追いつき、試合は延長戦へと突入する。

 当時はゴールデン・ゴール方式が採用されており、どちらかが勝ち越し点を奪ったら試合が終わるレギュレーション。日本は逆襲を食らうリスクを避ける狙いもあってか、後半の終盤と同様にロングボールを多用して、韓国陣内に攻め込む。

 そして、歓喜の瞬間は延長前半の終了間際に訪れた。

 104分、菊地直哉のロングフィードを平山が競り、ボールは谷澤達也、今野泰幸と渡る。今野は韓国ディフェンスラインの背後に浮き球のパスを送り、反応した坂田が体勢を崩しながらも再び右足でゴールへ蹴り込んだ。この瞬間、日本の勝利が決まった。

 その後、準々決勝へと進んだ日本は、ブラジルに1-5と力の差を見せられ、ベスト8止まりとなった。それから15年が経過し、その大会以降では『16強の壁』を越えられていない。そして、今回のU-20ワールドカップでも、『16強の壁』として韓国が立ちはだかる。15年前のようにライバル対決を制し、世界の頂点へと駒を進めたいところだ。
 

試合出場メンバー(日本のみ)

GK川島永嗣、DF栗原勇蔵、永田充、菊地直哉、MF徳永悠平、小林大悟(46分、谷澤達也)、今野泰幸、鈴木規郎、成岡翔(73分、坂田大輔)、FW阿部祐大朗(39分、平山相太)、茂木弘人
※カッコ内の時間は交代時間

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