1月9日に退任会見を行った、関西学院大学アメリカンフットボール部ファイターズ前監督の鳥内秀晃氏。28年間、「教育」にこだわり、チームを率いてきた学生アメフト界の名将の魅力とは。著書『どんな男になんねん』の共著者である生島淳氏によるコラムをお届けします。

現場

 5月19日の取材で、私は鳥内監督の指導現場の一端に触れることになる。

 この日は12時45分から、東京・調布にあるアミノバイタル・フィールドで明治大学との試合が予定されていたが、取材開始時間は9時からだった。監督は誰よりも早く現場に来ていた。

 その日、私はたまたまエンジ色のポロシャツを着ていったのだが、入室早々、鳥内監督から質問を受けた。

「なんで、エンジ着とんの? 国士舘やったっけ?」

 会場では第1試合の国士舘大学対一橋大学戦が行われており、国士舘のウェアはエンジだったのだ。

 私は早稲田の卒業生なので、家にはスクールカラーのウェアが多く、この日も何気なくエンジのポロを着ていったのだが、これが“地雷”だとはまったく知らなかった。

 エンジ、それは立命館のカラーでもあった……。

 以来、私は監督の前に出るときには、できるだけブルーの服を着ることにしている。

 それはともかく、この日の取材で印象的だったのは、監督は2階の部屋から、選手たちがどんな表情をして会場入りしてくるかをずっと観察していた。

「生島さん、いまニヤニヤして入ってきたのがおるやろ。あれ、4年やねん。数時間後に試合があるのに、笑っとる。当事者意識が薄いねん。こんなんやったら、今日はやられるで」

 関西学院は、やられた。

 しかも、明治にラストプレーで「へイルメリー」(一発逆転を狙って、エンドゾーンにパスを投げ込むプレー。「頼むで!」という願いを込めて放ることから、へイルメリーと呼ばれる)を決められて。

 試合終了後、監督が私を見つけると、開口一番こう言った。

「言うた通りやろ」

 監督はこういう展開になり得ることを予見していた。

 驚いたのは、負けても監督は落ちつき払っていたことだ。

 冷静、いや、冷徹なまでの観察眼、どんなことが起こったとしても受け入れる度量。

 春の一日、鳥内イズムに触れられたのは貴重だった。

 そして試合後には、こんなことがあった。

 20代の若手OBが、監督のところに結婚の報告に来ていた。お相手も一緒である。すると、監督はこう切り返した。

「嘘やろ」

 周りは大爆笑。これもまた、鳥内イズムなのだろうと思った。


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