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2021-03-06

白鵬が毎日繰り返してきた相撲に挑むための習慣――白鵬の脳内理論【前編】

白鵬の背中に浮かび上がる「鬼」。体が仕上がってきた証だ(『白鵬の脳内理論』より)

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連続休場、コロナ感染‥‥白鵬は不安をどう乗り越えるのか。

新型コロナウイルスに感染して初場所休場を余儀なくされた白鵬が、3月場所に臨む。数々の史上最多記録を更新し、36歳目前にしてなお進化を続ける最強横綱の強さの源は、「弱さ」を受け入れること、繊細な感覚にあった。『白鵬の脳内理論〜9年密着のトレーナーが明かす「超一流の流儀」』の著者であり、トレーナーとして白鵬の強さを支える大庭大業(おおば・ともなり)さんに聞いた。

新型コロナウイルス感染で初場所休場となるなど長く土俵から離れていた白鵬。いよいよ3月場所に臨む

またも、“初”に強いところを見せるのか。

大阪開催として本場所になった1953年以降、初めて東京で行われる3月場所を前に横綱・白鵬の好調が伝えられている。1月場所は新型コロナウイルスに感染して休場したが、2月下旬の合同稽古では幕内の若隆景と30番取って全勝。格の違いを見せつけた。一昨年11月は令和初優勝、昨年3月は戦後初の無観客場所で優勝。今年も、と期待は高まる。

だが、白鵬を9年間サポートしてきた大庭大業トレーナーは、慎重な姿勢を崩さない。

「コロナ後は血栓ができたり、後遺症がある人もいる。アスリートとしてより人としてそれが心配です。今のところは普通にやっていますし、体重も(コロナ前と)変わっていない。身体のハリもありますが、(身体の)中はわからないので。ふたを開けてみないとわからない。あとは、横綱の気持ちがどうかでしょうね」

最強横綱もコロナ感染後の本場所は初体験。カギは不安が残る序盤戦で波に乗れるかだろう。ペースをつかみ、不安さえ取り除くことができれば、これまでの蓄積が活きる。これまで、誰にもマネできないほど準備と確認をくり返してきたのが白鵬だからだ。


白鵬の体をケアする著者の大庭さん。鍼を刺す時、白鵬は、即座に反応して誰よりも大きな声を出す。体に入った鍼は、まるで筋肉に噛まれたかのように曲がってしまうという。「普通では考えにくい未知の反応」と大庭さんは驚きを隠さない

2007年5月場所後に22歳2か月で横綱に昇進した白鵬が、なぜこれだけ長い間トップにいられるのか。それは、当たり前のことを誰にもできないレベルで続けてきたからに他ならない。大庭トレーナーは言う。

「四股、テッポウ、すり足。簡単なことが難しいんですよね。みんな基礎、基本の積み重ねでうまくなることをわかっていない。『こんなことでうまくなるんだろうか』と『?』で1日を過ごしてしまうんです。横綱は違います。基礎、基本をやれば必ず勝てるという確信がある。答えがあるんです」

四股、テッポウ、すり足。どれも地味でつまらない動きだ。それでいてきついから、続けるのは簡単ではない。だが、白鵬は、相撲に挑むための準備のための準備としてそれらの動きを重視する。

稽古場で入念にテッポウを繰り返す
稽古場で入念にテッポウを繰り返す

「横綱は常に五感を研ぎ澄ませています。特に重視するのが音。毎日くり返すテッポウも、手の感触だけでなく音を意識しています。ズンと響くいい音が鳴ると仕上がってきた証拠。すり足も親指がちゃんと地面をかんでいるとシュッという土俵の音がするんです。その微妙な違いを聞き分けて調子を判断する。調子がいい、悪いという自分の感覚ではなく、客観的な事実から調子を判断するんです。毎日変わらず、同じことをやってきているからそこに気づくんでしょうね」

日米通算4367安打を記録したメジャーリーガーのイチローもストレッチなどの基本を大切にし、「イチローを見れば時間がわかる」と言われるほど毎日同じことをくり返していた。普通の人なら飽きて続かないようなことを地道にコツコツ続けられることが、超一流の共通点なのだ。

「横綱にもイチロー選手にも言えるのは、習慣をすることが目的ではないということ。あくまでもパフォーマンスを上げることが目的で、そこから逆算した習慣になっているということです。多くの人は習慣をこなすことで満足してしまうので、やっても成果は出ないんですよね」

いつのまにか、手段が目的化してしまうのが一般人。目的を忘れず、自分に向き合うため、最高の準備をするのが超一流。白鵬は、若いころからこの積み重ねがあるから、しっかりとした土台ができている。だから、長い間、強さを保っていられるのだ。

苦しいときこそ、基礎、基本が大事になる。これまでの積み重ねが活きる。早い段階で相撲勘さえ取り戻すことができれば――。まだまだ強い横綱が見られるはずだ。



取材・文/田尻賢誉 写真は全て書籍『白鵬の脳内理論〜9年密着のトレーナーが明かす「超一流の流儀」』より

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