5月29日、アメリカ北西部のオレゴン州で行われたポートランドトラックフェスティバル(PTF)男子1500mに出場した荒井七海(Honda)が3分37秒05の日本新記録を樹立。小林史和(現・愛媛銀行監督)が保持していた従来の日本記録を17年ぶりに0秒37更新した。
荒井は今季で実業団5年目。東海大3年時の2015年に日本選手権1500mで初優勝を飾るも、その後は思うような成績を残せない時期が続いていた。ハイレベルな選手がそろうHondaに採用されたときも、「よく自分を獲ってくれたな」と思ったほどだったという。だが、チーム関係者の声掛けや勧めもあり、2019年からは練習拠点をアメリカの強豪チームに。新たな環境に身を置き、競技に打ち込み、成長を遂げてきた。
6月末の日本選手権では、6年ぶりの優勝を狙う荒井に、日本新を樹立したレース、そしてこれまでの歩みについて振り返ってもらった。
うれしさはありましたが、安心した気持ちの方が強かった――日本新記録、おめでとうございます。まずは今大会をどのような位置づけで臨まれたのか、教えていただけますか。
荒井 4月末からユタ州のパークシティで高地合宿に入っており、約4週間のトレーニングの成果を試す意味も含めて、日本選手権前に出場する最後のレースとして臨みました。
――東京五輪の参加標準記録は3分35秒00、従来の日本記録は3分37秒42ですが、記録的な目安はどのあたりに置いていたのでしょうか。
荒井 自分がアメリカで過去2年間取り組んできたこと、直近の練習の感触から3分36秒台は出せるかなと感じていました。ただ、久々の高地トレーニングだったこともあり、3分37秒00をターゲットにしていました。そこをいければ自信を持って日本選手権に臨めるかなと思っていました。
――日本記録を特別意識していたわけではなかった。
荒井 意識してないわけではなかったのですが、このレースに限らず、オリンピック出場を考えれば五輪参加標準記録は、ずっと頭のなかにありました。
――レースを振り返っていただけますか。
荒井 本来は最終組の一つ前で走る予定でしたが、五輪参加標準を視野に入れるなら、最終組で走りたいと思い、コーチに掛け合いました。そうしたら、コーチも同じ考えで手続きをしていただきました。ただ、予想以上に速いペースでレースが進んで、スタートから全力でいったのに、良いポジションが取れないままレースを進めることになりました。自分は普段から記録より順位を意識しているのですが、後ろの方になってしまって。日本新こそ出せましたが、レース展開はほめられたものではありませんが、最後のラップは上げられたので、良いところもあったと思います。
――日本記録を更新した認識はあったのでは?
荒井 ちょうど電光掲示板が「36(秒)」から「37(秒)」に変わる瞬間にフィニッシュしたので、もしかしたら出たかな、とは思いました。ただ順位は12番目と下過ぎたので、電光掲示板にはなかなか表示されず、トラックから引き揚げてコーチにタイムを確認しました。「37秒くらいかな」と言われ、最終的に確定タイムを見たときに「日本記録です」と伝えると、みんなが喜んでくれました。
――日本新をどのような気持ちで受け止めましたか?
荒井 17年間止まっていた日本記録を動かせたうれしさはありましたが、それ以上に安心した気持ちの方が強かったです。
――ほっとした。
荒井 そうですね。自分が渡米する際に、Hondaの小川智監督、前監督の大澤陽祐さんなど会社の方々が尽力いただいたこと、特に昨年から世界的なパンデミックのなかで、継続してアメリカでトレーニングできるようにしていただいたことには感謝しかありません。そうした方々に、何とか結果で恩返しをしたいという思いが強かったからです。それに、周りからはアメリカに行ってるのだから、速くなるだろうとずっと思われていたと思っていたこともありました。小川監督は日ごろからプレッシャーをかけるようなことは口にはしないのですが、心のなかでは“日本新は出さないと”と思っていたと思います、たぶん(笑)。
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