close

2021-09-11

【ボクシング】米デビューの中谷潤人に注がれる大プロモーターの熱い視線

念願の米デビュー戦に快勝して笑顔の中谷(写真/宮田有理子)

全ての画像を見る
10日(日本時間11日)、アメリカ・アリゾナ州ツーソンで初防衛に成功したWBO世界フライ級チャンピオンの中谷潤人(M.T)。指名挑戦者アンヘル・アコスタ(プエルトリコ)の鼻を砕き、出血過多によるレフェリーストップで4回32秒TKO勝ち。アメリカ・デビュー戦で見せたこの好パフォーマンスは、自身が目指したとおり、明るい未来への扉を開いた、と言ってよさそうである。

充実のチームに感謝

 いつかはアメリカのリングで。そう思い続けてきた舞台で、中谷潤人は意のままに動いた。5月末、日本開催の予定がコロナ禍の状況悪化で延期となり、期せずしてめぐってきた本場デビューのチャンス。元WBO世界ライトフライ級チャンピオンで2階級制覇を狙った強打者アコスタを相手に、立ち上がりでペースを握り、鼻血まみれにし、倒す力も見せたいという欲にも正直に、戦った。

 15歳で単身ロサンゼルスに渡ってボクシングを学び、日本で全日本新人王、日本タイトル、世界タイトルと着実に歩を進めてきた23歳の長身サウスポー。ルディ・エルナンデス、岡辺大介のコンビと、その薫陶を受けたM.Tジムの岡田隆志トレーナーら、充実の参謀たちの下で積み上げてきた実戦練習で、どれだけ引き出しを満たしてきたのか。彼の戦いを見れば、その日々を感じることができる。

「まずは勝ててよかったです。延期もあり、この試合に長い時間を費やしてきたので、結果が出せてよかった。チームのみんな、ファンのみなさんが喜んでくださって、幸せな気持ちです」

「練習していたことが出せた」

 初回で勝負の行方はほぼかたまった。「私は勝つためにここに来た」という強打者アコスタが、出てくるのかこないのか。まずはその出方を見た。「出てくると思っていたら来なかったので、自分の前の手を突いてリズムを作り、タイミングをみて、いいパンチを当てられたと思います」

 低い体勢でジャブと左ロングで距離を築き、アコスタが強引に入ってくると、ショートを連発して嫌がらせる。終盤には強い左ストレートをヒット。2回に入ると、アコスタの口元が赤く染まっていた。

 挑戦者はすでに異変を感じ、勝負を急ぐ必要を察知したのではないか。攻めのピッチを上げてきた。そんなアコスタの右で中谷がバランスを崩す場面もある。しかしアコスタの鼻血は激しく、レフェリーは最初のドクターチェックを要請した。かなり入念なチェックで、医師が手にする白いタオルに赤い血が斑になる。

「1度目のドクターチェックの時間が長くて。早く詰めにいきたいな、という気持ちでした。(ここで止められるより)もっと長く戦いたい。ノックダウンするシーンを見せたい、というふうに僕自身、言ってきたので」

 続行が許されると、近い距離でスリリングな攻防を展開。中谷の上下コンビネーションは正確だった。が、アコスタも必死で右アッパーから左フックをつないでくる。

「インサイドの戦いは、ちょっと反省点があります。ちょっと中に入りすぎました。胸の急所も打てと言われていたので、そこに集中しすぎてコントロールがおろそかになったかもしれません。でも相手のパンチはブロックできました。ガードを高く上げて右の側頭部にパンチをもらわない意識を保って。警戒していた左フックを空振りさせることもできて、そういうところで、アコスタはペースをつかみづらかったと思います。ほんとうに、練習していたことができました」

 ダウン逃がすも「次につながった」

 3回もショートレンジの攻防に中谷はKOのチャンスを探り続ける。右を打ってきたアコスタに左アッパーを突き上げると、中谷の体に血のりがべっとりとついた。この回途中とラウンド終了後のインターバル中、さらに2度、レフェリーはドクターチェックを要請。出血量の多さに、ストップをかけたがっていることは明らかだった。そして4回の早いうちに、やや唐突なタイミングで決断は下された。

「倒すことはできなかったですけれど、TKOという形で勝利することができたので、次につながったかな、と思います」

 そう言って笑顔をみせた中谷は、22戦22勝(17KO)。2階級制覇挑戦に失敗したアコスタは、25戦22勝(21KO)3敗。30歳のプエルトリコ人は小さな国旗をもって挨拶に訪れ、一緒に写真を撮ろうとカメラを差し出した。鼻梁にかすかな腫れがみられるものの出血は止まっており、重篤な怪我には至らずに済んだのではないだろうか。

世界の主力プロモーターも注目

 アメリカで、元世界王者をストップして、初防衛を果たしたチャンピオンに、これから業界の関心は高まるはず。

 日本開催がままならず、マッチメークを担う帝拳ジムの本田明彦会長の尽力でトップランク興行出場の好機を得た中谷について、同社のカール・モレッティ氏は試合前、「素晴らしい勝ち方ができれば、彼の試合をまたこちらでやろうか、と我々が考える可能性はあります。興行スケジュールの状況と合えば今年中かもしれないし、それはまだ分からないけれど」と話していた。

 そして今日、リングサイドに座った同社CEOのボブ・アラム氏も「とてもいい試合だった。彼は観る者を喜ばせることができるファイターだ。才能もあり、パワーもある。彼がまたアメリカのリングに上がるか、明日、明後日にでも本田さんと話をする」と、中谷のアメリカ再登場の可能性を示唆した。

 一方で、この日、中谷に注目していたのが世界4階級制覇サウル・アルバレスらのトレーナー、エディ・レイノソ。WBC世界フライ級王者フリオ・セサール・マルチネスのマネージャーでもある。「中谷はテクニックを持ったとてもいい選手。(マルチネスとの統一戦には)とても高い関心をもっている。マルチネスはパワーがあって、とても強い選手で、技術のある中谷とはいい試合になるはず。(マルチネスのプロモーターでマッチルームの)エディ・ハーンとこの統一戦について話をするつもりでいます」と語っていた。本誌の信藤大輔・メキシコ通信員によれば、マルチネス自身も中谷との対戦を希望しているという。

WBCベルトへの思い

 身長171.6センチの中谷は50.8キロリミットのフライ級で戦う時間が「もうそれほど長くはとどまらない」と認めているが、活況の115ポンド階級に上がる前に、フライ級で十分に認知度を上げておきたいともいう。望むのは強い相手。豪快な攻撃が持ち味のマルチネスは「自分が世界を獲る前から意識していた選手です」。

 WBCのベルトには、特別な思いがあるという。少年のころ通ったジムで、ボクシングの世界チャンピオンになるという希望を与えてくれた、元東洋太平洋スーパーバンタム級王者の故・石井広三会長の墓前に捧げたい。2003年9月、石井さんの現役時代最後の戦いは、WBC王座挑戦だった。

「広三会長がWBCのベルトがほしいと、ずっと僕に言ってくれていたので、見せたいんです」

 ボクシング一筋に生きる無敗のチャンピオンの歩みは、ストーリーに満ちている。

文/宮田有理子

PICK UP注目の記事

PICK UP注目の記事



RELATED関連する記事