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2021-12-11

【ボクシング】「楽しかった」──。田中恒成が僅差2-1で石田匠との世界ランカー対決制す

右を放つ田中。コンビネーションではなく、単打の右が目立った

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 11日、愛知県・名古屋国際会議場で行われた52.5kg契約10回戦は、元世界3階級制覇王者で、WBCスーパーフライ級7位、WBO9位の田中恒成(26歳=畑中)が、元日本王者でIBF5位、WBO10位の石田匠(いしだ・しょう、30歳=井岡)に96対95、96対94、94対96の2ー1判定で勝利。昨年大晦日に井岡一翔(志成)に初黒星を喫した試合からの復活を果たした。

写真_早浪章弘

 身長差9cm。リーチ差18cm。いずれも石田が大きなアドバンテージを取っていたが、それ以上に両者の元来の戦い方がカギを握る。田中はプレスをかけていき、中に入って左ボディブローをベースに、石田は長くてシャープな左ジャブを軸に、ストレート系ブローで。初回こそ、石田が左をスパンスパンとヒットしていったが、田中は徐々にすんなりと接近に成功。過度な力みを抜いたコンパクトなコンビネーションを集めていく。

石田の右が田中にヒット。石田は動き回らず、真っ向から田中を迎え打った
石田の右が田中にヒット。石田は動き回らず、真っ向から田中を迎え打った

 田中は1年前の井岡戦で味わった“基礎”の見直しとともに、精神的な成長を自らに課した。かつては“最速”のトップスピードと力強いボクシングを惜しむことなくどんどんと披露してきた。フィジカルの強さも前面に押し出していた。ひたむきに前に前にという“ストロングスタイル”で気迫全開。だが、「それらを敢えていったん捨てた」のだという。
 スローテンポを体現しながら、スッとにじり寄り、力感を抜いたコンパクトなブローを連打する。無駄な力みがないから、体が“次”への反応を示せる。インサイドでのヘッドムーブは、この1年で磨いてきたもの。「これまでのボクシングとは真逆」と自ら振り返ったのは、速さ、パワー、気迫を“押さえ込む”ボクシングということだろう。「今日は、練習で取り組んで染み込んだものを出すだけ。それが完全なものではなかったけれど、少しは出せたし、逆に悪かった部分もある」。これまで長年にわたってチーフを務めてきた父・斉トレーナーをリングサイドからの“俯瞰”の総監督に、チーフには村田大輔トレーナーが就き、「大輔さんのアドバイスだけを聞いて動いていた」

 緩やかなテンポからの一瞬のスピード。いわゆる“緩急”に、石田は戸惑いを見せていたように思う。田中は中盤まで、右ストレートをボディに送り、左ボディブローをダブル、トリプルとめり込ませた。いきなりの右フックも効果的で、石田の鼻からは出血が見られた。

 左ジャブでリズムを取り、体全体にそのリズムを浸透させて足運びに連動していくのが石田のスタイル。しかし、この日は極力動きを止めた。田中の左には右クロスを、右には左クロスを狙い、インファイトを仕掛けられれば、左右のアッパーカット。田中もそれをわかっているから、互いに“先手”や“後の先”を取り合う。
 また、この日、田中が最も評価された左ボディブローに石田は右の打ち下ろしを狙った。田中は威力を増すコンビネーション──右からの左ボディを打ちたかっただろうが、そこには右を合わされると察知したのだろう。だから、右ストレートは単打で、左フックは上へのものもまじえながら、ボディブローをダブル、トリプルで叩いた。石田に右を合わせるタイミングをつかませない効果はあったが、その分、威力を欠いたように思う。

被弾も多かった田中だが、取り組んできたインサイドでの防御も随所に見せた
被弾も多かった田中だが、取り組んできたインサイドでの防御も随所に見せた

「田中がプレスをかけ続けた。石田がプレスをかけられた」という見方と、「石田が田中を呼び込んで、強打で対抗しようとした」という見方。石田の細かいジャブを評価するのか、それとも田中のボディブローを取るか。ここはジャッジするのに大きく分かれるところ。「田中選手は強くて良い選手。でも、負けたとは思っていない」と石田も自身のやりとおしたことに自信を示した。
 真っ向勝負を挑んだ石田の心意気は、長く彼を見てきた者の胸に響くが、「ジャブを打ってさばく」本来のスタイルも織り交ぜれば、もっと明確にポイントにつながったのではなかろうか。

 とはいえ、田中もかなり被弾した。が、彼がこの1年、取り組んできたことは随所に散りばめられていた。何より、「緊張しすぎて、周りも緊張させていた」過剰な入れ込みようがなくなったことが、精神的成長を表している。意気込みすぎず、平常心で。戦いの際、“一点集中、周りが見えなくなる”ではなく、広い視野を持って対峙する。そういう“落ち着き、心のゆとり”を感じさせられた。

「入場のときも、戦っているときも、何度も笑っていたと思います。そんなことは、プロに入って8年で初めて。石田選手と戦っていて本当に楽しかった」。自身の向き合い方を変えることによって、周囲の人を見る見方も変わった。だから、周囲もさらにプラスに変化した。信頼感は、比べられないほど増した。そういう喜び、心の軽さが溢れていた。

「ただいま!」と、地元ファンの拍手に応える勝者
「ただいま!」と、地元ファンの拍手に応える勝者

 かつてのスピーディでダイナミックな“恒成スタイル”の封印。ここに疑問を持つ者も少なからずいるだろう。しかし、何かを大きく変えるということは、大きなリスクを伴うもの。そして、新たな取り組みには相応の時間を要する。土台を作り直し、その上で、かつてのストロングポイントを加味する──。長期的視野が必要だろう。

 類まれな才能と、自らの強固な意志で突っ走り、世界3階級制覇を成し遂げた男の“第二章”が始まった。

 田中の戦績は17戦16勝(9KO)1敗。石田の戦績は32戦29勝(15KO)3敗。

文_本間 暁

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