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2022-05-10

【陸上】3000m障害・三浦龍司が見せたハイレベルな「海外仕様」への試金石。「じれったくなっても前に出ない」の意図

「海外仕様」を念頭に置き、セイコーGGPに臨んだ三浦(写真/小山真司)

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三浦が考える
「国内仕様」と「海外仕様」

3000m障害の今季初戦として5月8日のセイコーゴールデングランプリ陸上2022(セイコーGGP)に臨んだ東京五輪7位の三浦龍司(順大3年)。レースプランは「ラスト1000mで切り替えて、(ペースを)上げるところまで上げる」というものだった。そして狙い通り、ラスト1000mで先頭に立つと周囲を引き離し、8分22秒25で優勝を遂げた。オレゴン世界選手権の参加標準記録(8分22秒00)をすでに突破済みの三浦にとって、国内第一人者として結果はもちろん今回は内容にこだわったレース。プランも、指導する順大の長門俊介・駅伝監督と決めたものだった。

長門監督はその意図をこのように語る。

「シーズン初戦で本人も障害を越えることに慎重な面もありましたし、東京オリンピックの決勝ではスローな展開で我慢できず(先頭集団の)前に出されてしまったので、今回は“じれったくなっても前に出ないこと。ラスト1000mで思い切り上げていこう”と本人と話をしていました。2000mまで集団の中でもまれながら、いかに走るかを経験する場として、同時にメンタル面でも我慢できるかがテーマでした」

三浦は、昨年からレースの進め方について「”国内仕様“と”海外仕様“の2つがある」という話をよくしていた。前者は前半からイーブンに近いペースで進む展開であり、後者はスローで入りながら、最後に爆発的にペースを上げる展開を指す。東京五輪の予選では後者の”海外仕様“では勝負できないと考え、予選では自ら先頭に立ってほかの選手を巻き込んでハイペースの展開をつくり、8分09秒92の日本記録と決勝進出につなげた。しかし決勝では再度、先頭に出たものの、海外の有力選手はそれに付き合わず、スローな展開で進んだ。その過程で三浦は消耗し、2000mからペースが上がっていくなかで先頭から離されてしまった。

今回のゴールデングランプリで先頭の1000mの通過は2分47秒、1000mから2000mは2分53秒前後とさらにペースが落ちた。先頭集団の後ろに付いていた三浦にしてみればスローに感じるペースである。事実、途中の水濠で一瞬、先頭に出かかる場面もあったが、そこもあえて抑え、狙いどおり、最後にスパート力を発揮して勝負を決めている。

「ラストで逃げ切れてまとめたところは評価したいです。タイムはもっと上を目指していかないといけないですが、(シーズン)初戦なのでこのくらいかな」

レース直後の取材エリアで三浦は納得気な表情を見せていた。

現実的なアプローチで目指す
究極のラスト1000m

圧倒的なキレを見せての逃げ切り劇で、力の差を見せつけた。しかし長門監督にしてみればペースを上げてからの走りはやや物足りなかった。

「今回、ラスト1000mのタイムは2分40秒。できれば2分35秒で来てほしかったというのが正直なところです。私のところに戻ってきてからこのタイムを伝えたところ、三浦も首をかしげていましたので、やはりもう少し出したかったのでしょう」

三浦の感覚を尊重して、指導に当たる長門監督。今後の取り組みにも注目が集まる(写真/高原由佳)
三浦の感覚を尊重して、指導に当たる長門監督。今後の取り組みにも注目が集まる(写真/高原由佳)

ラストが上がらなかった理由は2000mまでのペースがスローでかつ集団の中にいたため、ストライド(歩幅)が伸びずに脚がつまり、ダメージや心理的なストレスが生まれたためではないかという。以前から三浦は、ペースが遅いと障害を越える足が合わなくなるという話をしていた。この日も先頭に立ってからはのびのびと走っているように見えたが、決して本来の動きではなく、通常、ラスト1000mでペースを上げていく際は障害に足をかけずにハードリングで越えていくが、この日は足をかける場面が何度もあった。

しかし世界のトップ選手はスローで進むなかでしっかり力をため、ラストで一気に上げる。東京五輪決勝、1000mの通過は今回のセイコーGGPより遅い2分50秒台だった。しかしそこから徐々にペースは上がり、優勝したS・エルバッカリ(モロッコ)はラスト1000mを2分32秒台でまとめている。このレベルに近づくための取り組みのひとつとして、三浦はこのレースに挑んだのである。

「東京五輪は(世界のトップクラス)がフルメンバーではなかったので、今年、自分は頭打ちすると思っていて、現実を見る1年としてタイムと順位を区別しながら挑戦していきます。(自身の持つ日本記録の)8分09秒(92)は簡単ではないですし、国際大会での入賞も簡単ではありません。期待に応えたい気持ちはありますが、自分の実力と伸びしろを考えるとあまり非現実的な目標を立てても仕方ないかなと思います」

三浦は7月のオレゴン世界選手権に向けて、具体的な目標の数字は言及しなかった。これも世界で戦う上で、さらに課題を見つけ、克服する意思があるからではないかと長門監督は言う。

「東京五輪で世界と戦える手応えを得ましたので、そのイメージを維持したいと思っていましたが、三浦本人はそうはうまくいかないと覚悟しているのでしょう。実際、その覚悟を持って世界の壁にぶつかるのと、順調にいくはずと信じて壁にぶつかるのでは、精神的にも大きな違いを生みます。狙いはあくまでもパリ五輪なので、短期的な結果にとらわれるのではなく、その先に意識が向いているのだと思います」

東京五輪直後に「パリ五輪を目指す身としては、もう海外仕様のレースで負けるというのは言い訳にならない。そこの克服をしていかないと」と語っていた三浦。トレーニング面では基本的に東京五輪前の取り組みを継続するなかで、出力を上げるべく設定タイムを調整したり、また今回のように本来の動きでないなかでストレスを感じないための練習を入れてきた。それを高めつつ、実戦での経験を積んでいく。

海外仕様の走りを実現するための三浦の挑戦が始まった。今後も、その走りの変化に注目していきたい。

文/加藤康博

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