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2022-05-23

36歳で日本タイトル3度目奪取の中川健太 ジムメイトと刺激を与え合う環境に感謝

中川(中)はジムメイトと刺激を与え合う環境に感謝。宝珠山晃(左)、吉田実代と(2022年1月撮影=写真/船橋真二郎)

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1985年生まれのベテラン同士、王座奪還と生き残りをかけた日本スーパーフライ級王座決定戦が4月23日、エディオンアリーナ大阪第2競技場で行われ、第38代、第42代の同級王者・中川健太(36歳=三迫)がダウンを奪った末、大差の判定勝ちで3度目の王座奪取を果たした。敗れた第40代王者の久高寛之(37歳=仲里)は、17歳のプロデビューから実に約20年に及んだ現役生活にピリオドを打つことを表明。踏みとどまった中川は「また練習できるのが嬉しい」と安堵の表情を浮かべた。

文/船橋真二郎 写真/BBM

「今、めちゃくちゃ楽しいんですよ。だから、練習が終わっちゃったのが寂しかったですね。勝って、また、もっと教わりたいっていうのがあったし、まだボクシングを辞めたくないんですよ。そのプレッシャーがすごかったです」

 試合後、声を弾ませた36歳のベテランを支えたのは、アマチュア経験も豊富な元東洋太平洋バンタム級王者で、約7年前の引退後から、着実に経験を積み、実績を上げてきた1歳年下の椎野大輝トレーナーだった。

今回からコンビを組んだ中川と椎野トレーナー(右)
今回からコンビを組んだ中川と椎野トレーナー(右)

 昨年11月、中川はアマチュアからプロに転向して4戦全勝の新鋭・廣本彩刀(角海老宝石)との日本ランカー対決に判定で競り勝ち、再起を飾ったものの、「伸び悩みを感じて」。心機一転、担当トレーナーを交代。立ち位置やサウスポースタンスから真っ直ぐ打ち抜く左ストレートなど、新たな視点から見えた細部の改善に取り組んできた。

「中川さん、ほんとに楽しそうに練習してくれて。キャリアがある人って、そう簡単には変わらないだろうな、と思ったんですけど、吸収が早いし、ビックリするぐらいでしたね」

 試合の1週間ほど前、別の取材で訪れていた三迫ジムで、中川とコンビを組んでからの4ヵ月あまりを振り返ってくれた椎野トレーナーの言葉がすべてを表していた。

人生で今がいちばん充実

 さかのぼること1年4ヵ月前、2020年12月14日の東京・後楽園ホール。中川が終盤10回TKOで敗れ、2度目の日本王座を失った、当時のWBOアジアパシフィック王者・福永亮次(角海老宝石)との空位の東洋太平洋王座もかけた3冠王座戦は、稀に見る激闘だった。4回に喫した痛烈なダウンに始まり、何度もの窮地をはね返し、最後の瞬間まで力を尽くして戦った敗者の奮闘があったからこその名勝負だった。

 勝ち抜いた3冠王者はタイトルマッチ2連勝を経て、昨年の大晦日、王座統一戦が中止になったWBO世界スーパーフライ級王者・井岡一翔(志成)の挑戦者に抜てきされた。これまでにないぐらい試合後の反響が大きく、「すごい試合だった」「感動した」という声が周囲から届いたという中川は、ただ「ストップされた自分の明白な負け」と受け止め、前を向いてきた。

 4年前、一度は引退を決断した。が、志半ばの思いは拭いされず、33歳で三迫ジムから復帰。移籍2戦目、2019年12月に2度目の日本タイトル奪取を果たした中川は「人生で今がいちばん充実している」と目を輝かせ、こう話していた。

「どれだけ自分がいい環境でボクシングをやらせてもらっているか、そのことを忘れないように。現役のプロボクサーとして、あと何回、練習できるか分からないので、1日1日、しっかり練習して、もっと成長したいですね」

 福永戦の途中に骨折し、隠し通して戦い抜いた右手小指の中手骨を手術。再起の道のりは平坦ではなかったが、チャンピオンクラス・候補がひしめき、互いに刺激を与え合い、切磋琢磨する環境で、再び無冠になってからも変わらない1日1日を生きてきた。

ジムメイトに見せた背中

 同い年とはいえ、世界挑戦4度、全勝を誇る世界1位を敵地・タイで破ったこともある久高は、国内外で数々の強豪と拳を交えてきた歴戦のボクサー。かつては「雲の上の存在」(中川)だった。その大きな壁を乗り越えたことになる。

 それでも先頃、元世界王者の伊藤雅雪(横浜光)とのライト級国内頂上対決に勝利した同級2冠王者の吉野修一郎(30歳)、42歳になった今でも現役を続ける東洋太平洋ライトフライ級王者・堀川謙一の名前を挙げ、「(3度)日本チャンピオンになったといっても、ジムには上の選手がいっぱいいて、背中を見せてくれるので」と、さらに上を見据える。そんな中川もまたジムメイトに背中を見せてきた。

《私もこんな試合がしたい――》

 福永戦の直後、ジムのプロ選手、トレーナーらのグループLINEにメッセージが入る。「長文で思いを書き連ねた」のはWBO女子世界スーパーフライ級王者の吉田実代(34歳)。前日、大阪で奥田朋子(現・堺春木)に6回負傷判定で敗れ、失意の底にいた。

 さらなる飛躍を期した移籍初戦だった。初回にいきなりダウンを奪われると、最後まで立て直すことができないまま、力を出しきれずに終わった。自身の不甲斐ない試合に落胆し、引退に傾いていた、という吉田の心を揺さぶったのが、ボクシング動画配信サービス『ボクシングレイズ』のライブ配信で見ていた中川の奮闘だった。

「私は何をやってるんだろうって、最後の最後まで諦めない中川さんの姿に奮い立たされました。普段はあまり感情を見せない人だから、よけいに」

 5日後、東日本新人王決勝を翌日に控えたオンライン会見で、現・日本フライ級14位の宝珠山晃(25歳)は問わず語りに口にした。

「中川さんと福永さんの3冠戦を見て、どれだけ効かされても打ち返す根性に鳥肌が立ちました。負けてしまったんですけど、泣きそうになるぐらい熱い試合を見せてもらって。自分も明日、ああいう試合ができればと思っています」

 試合は初回にダウンを奪い、フルマークの判定で完勝。が、実は立ち上がり、4戦全勝全KOの相手の強打に効かされ、足にきていた。アウトボクシングが身上だった宝珠山が前に攻める姿勢を見せ、「中川さんの試合を見てなかったら、心が折れていたかもしれない」と振り返った。2ヵ月後の全日本新人王決定戦では初回に大きなダメージを負い、2回には倒されながら、3回から一転、徹底したインファイトで攻め抜き、大逆転の判定勝ちをつかみ取った。

最後は世界戦であるように

昨年6月、吉田は世界王座を奪還
昨年6月、吉田は世界王座を奪還

 新たに椎野トレーナーと組んで、再出発した吉田は昨年6月、奥田からベルトを奪還。コロナ禍もあり、試合から遠ざかっていたが、この5月30日、小澤瑶生(フュチュール)を後楽園ホールに迎え、再び世界王者として初防衛戦に臨む。「あのときの中川さんの試合がなかったら、今の私はなかったと思います」と力を込めた。

7連勝をマークした宝珠山
7連勝をマークした宝珠山

 宝珠山は新人王獲得後、2連続KOでデビュー以来、無傷の7連勝(4KO)を飾った。いずれも「得意ではなかったし、前の自分には打てなかった」というサウスポースタンスから踏み込んでの左アッパーから左フックのコンビネーションで、鮮烈に倒してみせた。アマチュアの名門・日大時代は補欠に追いやられ、不遇をかこったボクサーは、中川からかけられたという「日本チャンピオンぐらいじゃ誰も知らない。お前は世界チャンピオンになれ」の言葉も胸にプロで上を目指す。

 WBA世界9位にもランクされる中川は目指す場所を訊かれ、「最後は世界戦であるように」と答えた。

「僕が世界チャンピオンになれる可能性って、低いと思うんですよ。けど、同じリングに上がっちゃえば、分からないじゃないですか。オレのパンチが当たるかもしれないし。今のスーパーフライ級は、世界に絡めるような状況じゃないんですけど、日本タイトルさえ持っていれば、可能性はゼロじゃないので。可能性がなくならない限り」

「あらゆる可能性を追求して、チャンスをつくりたい」と応じた三迫貴志会長は「今日は過去いちばんの出来だった」と評価。そして、「練習してきたことが出せていないところもあったし、もっと成長できる」と椎野トレーナーと口をそろえた。中川は変わらない思いでまた前を向く。

「この年齢でベストバウトを更新できるのは、この環境のおかげだと思うので。常に感謝の気持ちを忘れず、大事に過ごしていきたいです」

久高(左)とのベテラン対決を制して3度目の王座に就いた中川
久高(左)とのベテラン対決を制して3度目の王座に就いた中川

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