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2022-08-19

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第1回「吉兆」その3

平成25年九州場所10日目、迷い猫が幸運をもたらし、遠藤が勝ち名乗りを受ける

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平成最後の場所となった31(2019)年春場所、熱戦、熱闘のオンパレードでした。
手に汗、握った? そりゃ、そうでしょう。
でも、一歩、裏に回った力士たちの素の顔はもっとおもしろい。
勝負師とは言え、そこは同じ人間ですから、涙あり、笑いあり、失敗あり、成功あり。ありとあらゆる思惑や、出来事が入り乱れ、もつれあい、土俵上では絶対に見られないドラマを醸し出しています。
これを読めば、大相撲がもっと好きになること、請け合いです。
第1回のテーマはこの連載が成功することを祈念して「吉兆」です。
このうれしい兆しがあったときの力士たちの顔を想像してください。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

迷い猫は招き猫
 
力士たちの修行の場である稽古場には、出稽古にやってきたよその部屋の力士や後援者、マスコミ関係者ら、いろんな人たちが訪れる。最近は入り口のドアやシャッターを閉ざして非公開にする部屋もみられるが、もっと開放的にやった方がいい。おおらかさも大相撲の魅力の一つなのだから。
 
もっとも、稽古場にやってくるのは人間だけではない。それは平成25(2013)年九州場所10日目の朝のことだった。追手風部屋の稽古場にみるからにかわいい子猫が一匹、迷い込んできた。
 
この思いがけない来訪者に力士たちは思わず稽古を中止して顔を見合わせたが、その中でひと際、大きな笑みを浮かべたのが西前頭7枚目のイケメン力士、遠藤だった。
 
この場所の遠藤はもう持病化している左ヒザの調子が思わしくなく、9日目まで3勝6敗と大きく黒星が先行していた。そんなさ中の子猫登場だけに、つまみ出すべきかどうか、迷っている若い力士たちを、

「待て、待て。こりゃ(白星の)招き猫かもしれない。縁起がいいぞ」
 
と制止し、しばらくしてかわいい鳴き声をあげながら稽古場を出ていく子猫をやさしく見送った。
 
この小さな出来事をきっかけに遠藤の勝負運があきらかに変わった。さっそくこの日、前日までとは別人のような動きで東前頭3枚目の髙安を左四つから、ひと呼吸置いたあと、上手を切って上手投げで鮮やかに投げ飛ばし、2日ぶりに白星を挙げたのだ。最終的には6勝9敗で前半の出遅れを取りもどすことはできなかったが、

「6勝もできたのは上出来ですよ。(最後までがんばった)この足をほめてやりたい」

と遠藤は小さくうなずいていた。やはり来訪者は大事にすべきです。

月刊『相撲』平成31年4月号掲載

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