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2019-12-17

【ボクシング】21日、スター候補デュボアと決戦。 日本人ヘビー級ボクサー、最大のトライ! 藤本京太郎 ロング・インタビュー

日本唯一の世界ヘビー級ランカー、藤本京太郎(角海老宝石)が12月21日(日本時間22日早朝)にイギリス・ロンドンで大一番に臨む。対戦相手は次代のスター候補と期待される22歳のWBOインターナショナル王者ダニエル・デュボア(イギリス)。次期世界挑戦権に相当するWBCシルバー王座(空位)もかかるこの12回戦は、正真正銘、世界ヘビー級トップ戦線への関門だ。日本には無縁だった領域に、藤本は挑む。K-1で日本人初の重量級世界王者となったあとボクシングに転向し、日本王座、東洋太平洋王座、WBOアジアパシフィック王座を制した男は、夢見てきた世界でいかに戦うのか。11月18日から3週間にわたったアメリカ・ロサンゼルスでのスパーリング・キャンプ中、33歳の格闘家は、いまに至る道のり、大舞台に向かう思いを語った。

上写真=とにかくしゃべる! 藤本のマシンガンはいつものこと

格闘技には向いてない性格

スパーリング前は、恐怖心を克服し、テーマを掲げて臨む

──スパーリングに入る前、元気がないというか…シュンとしているように見えます。
藤本 はい……好きじゃないのでね……。ただただ怖いです。スパーも試合も、いつもこんな感じです。はぁ…と思いながらやってるんで。僕は格闘技には向いてない性格です、はい、まったくです。もっとアグレッシブで、アクティブな性格ならいいと思うんですけどね。これで見た目も地味やったらどうしようもないんで、こんなふうにしてますけど……はい。
──意外です。試合では、危険回避の戦術をとる場面もあると思います。でも、ロサンゼルス合宿でのスパーは過去にも何度か見ましたが、いつも大柄の格上選手に果敢に立ち向かっている印象です。今回のスパーリングパートナー、身長192センチのグルジア人、イアゴ・キラッジ選手に対しても同じ。ジャブ、打ち下ろす右は大変な迫力がありますが、藤本選手に怯む様子は感じられないです。
藤本 内心はそんなことないんです。とくに今回のスパー初日は、2ラウンド終わった時にこれはヤバいと思って、“もう無理です”ってトレーナーに言ったんです。けど、“無理だと思ったら何もできないよ”と言われて、なんとかやり切りました。4回ほどパンチを効かされて、しばらく頭がぼうっとしてたんですけど、今日は1発もらっただけで、よかったなと思います。首も痛くないです。身体は丈夫なんです。頑丈なのはいいんですけど、やっぱりヘビー級なんで、試合までケガしないようにしないと。でもこんなもんです、はい。今日もスカボコにやられました。実力差がある、ということは受け入れて、対応していくしかないと思ってます。生きて帰ってこれてよかったなと、スパーのたびに思います。
──日本、アジア圏の王座を手にした藤本選手がさらに上を目指すためには、スパーリングパートナーも海外に求めざるを得ないですね。
藤本 国内ではミドル級の選手と行うことはあります。でもヘビー級はやはり難しいです。2015年に初めてアメリカに来て、それから何度か合宿をしています。セルゲイ・クズミン(ロシア)、やジェラルド・ワシントン(アメリカ)、ドミニク・ブリージール(アメリカ、いずれも世界挑戦経験者)、ライトヘビー級のドミトリー・ビボル(ロシア、WBA王者)やリオ五輪ヘビー級金メダリストのエフゲニー・ティシチェンコ(ロシア)とか。ロシア系は体が強くてゴツゴツと硬いパンチで壊しにくる感じ。クズミンなんか、おそろしいやつでしたね。ハンパじゃない感じでした。黒人選手は、ドンと突かれている感じ。こっちに来て手合せをしてみると、ほんとうにいろんなタイプがいると感じますし、勉強になります。世界のトップ20に入るような選手はみんな強いし巧いしスピードもあります。
──練習とはいえ、そんな強豪たちと向き合うのですから、その恐怖心は想像に難くありません。
藤本 いつも泊めてもらっているルーベン(・ゴメス・トレーナー)の家から車でジムへ向かう間ずーっと、“いやだなぁ…”と思ってます。一日一日、無事に終わるたびに、一緒にキャンプに来ていた岡田(岡田博喜、元日本・東洋太平洋スーパーライト級王者)と、“今日も生きててよかったな”と、リトルトウキョウの日本食レストランで夜ご飯食べながら祝ったのを覚えています。懐かしいなあ……。

ボクサーの技術は凄い!

デザートを食べて、幸せな表情を浮かべる。大男らしからぬ!? かわいらしい一面

──格闘技に向いていない、とのことですが、始めたきっかけは何だったのでしょうか。
藤本 3歳で空手に通い出したのが最初です。小学5年生まで、かなり本腰を入れていました。そのあとかなりブランクがあってからの、K-1です。格闘技は性格的には向いてないですけど、でもやるべき道と決めたので。そもそも格闘技を選んだ動機は、“テレビに出たい”というものです。僕はコンプレックスが強かったんです。むかし両親が離婚したりして、お金もなくて。男として認められたい、人として自信をもちたかった、ということなんです。今ようやく、活躍できるようになって、僕の試合を見て誰かが喜んでくれるのがうれしいな、やっと人と同じスタートラインに立てたかな、と、そういう気持ちでいます。
──2009年に、日本人として初めてK-1重量級の世界王者となりました。マイティ・モー(アメリカ)やピーター・アーツ(オランダ)、ジェロム・レバンナ(フランス)といった誰もが知る大物から白星を挙げています。それは、ボクシング転向時の自信につながりましたか?
藤本 いえいえ。K-1で世界王者になった時も、だからって“オレは強い”とか思う人間ではないんで、僕は。自分のことをすごいとも思わないし。
K-1は3ラウンドですし、手を伸ばせば当たったりすることもあるし、安全策でもなんとか逃げ切れます。でもボクシングはそうはいきません。安全策では勝てない。“待ち”の構えでは厳しいですね。スパーリングでも、カウンター狙ってても当たらないですから。自分から主導権を獲りに行かないと、というのは感じます。ボクサーの技術ってすごいと思います。拳二つだけで戦うボクシングは難しいです。やりたいこと、やらせてもらえません。とくにヘビー級なので一発もらったら命取り、ということも肝に銘じながら、1ラウンド1ラウンド、ポイントをとっていかないといけない。
──格闘家としてキックボクシングとボクシングはまったく違うと承知の上で、転向に迷いはなかったですか?
藤本 K-1自体の運営が行き詰まって、自分も格闘技自体をやめようと思っていたんですが、今のマネージャーがボクシングに誘ってくれまして、もう少しやってみようかなと。決心するまでには、ヘビー級かクルーザー級か、ジムはどこがいいかとか、外国の方がいいんじゃないだろうか、とかいろいろ考えました。K-1の時は応援してくれる人があまりいませんでしたが、ボクシングでは応援してくれる人が少しずつ増えて、人の温かみを知り、人としても成長することができたと思います。ボクシングのことを何も知らずにこの世界に入って、苦労する部分もたくさんありましたけれどね。ちょっとずつ、一戦一戦、やってきたかな、と思います。

最低!?のモチベーション

無類のピンク好き。だけど、左足のサンダルはなぜかイエロー

──2009年にJBC(日本ボクシングコミッション)が日本ランキングにヘビー級を復活させて、2011年にボクシングへ転向した藤本選手が2013年に日本ヘビー級王座獲得。56年ぶりの日本王者誕生でした。2017年の東洋太平洋王座獲得、これも日本史上初のこと。藤本選手が、日本のヘビー級の歴史を作っているといえます。
藤本 ボクシングを始めた時、とりあえず、東洋は獲らなければ、と思いました。ほかの階級は日本人のチャンピオンが数え切れないほどいるのに、ヘビー級は日本人は誰も獲っていないので。それでも、暗いトンネルを行くような感じでした。何もかもが前例がない。教えてくれる人も、導いてくれる人もいません。試合の話が来ても最後まで決まらないことも少なくなくて、海外から相手を呼ぶのも大変なことですし、なかなか気持ちが乗らないことが多かったです。ボクシング界最低のモチベーションでやってきたと思います。世界ランクに入っても、絶対的な力の違いはあると思っていました。世界のトップ20なんてどう考えても強いんでね。自分の力はわかっているつもりですから。でもやっぱり、どうにかして世界タイトルまでやってみたい、人がやっていないことをやりたい、という気持ちはあって。その矛盾とずっと戦ってきました。我慢して一つひとつやってきて、ここでこういう試合が決まってよかったなと思います。

映像は一切見ない

奥村健太トレーナーと、ミット打ちを黙々と繰り返す

──いままでのボクシングの試合で、自分でベストバウトを選ぶなら?
藤本 いやぁ……自分ではそんな、なんか、胸を張れるような、自信持って“これ”って言えるようなのはないです。毎回毎回が一生懸命、というだけです。日本タイトル獲った時、東洋太平洋タイトル獲った時、そういう節目は節目でよかったな、とは思っていますけれども。
──自身の試合の映像を見返すことはありますか?
藤本 僕は自分の試合やスパーはもちろん、対戦相手のビデオとかほかの選手の練習とかのビデオも一切見ないんです。たぶん全ラウンド見た試合は、人生でたぶん1回、ですかね。人に誘われて、メイウェザー対カネロ(フロイド・メイウェザー対サウル・“カネロ”・アルバレス、2013年9月)は見ました。内容は覚えてないですが、たしか見ました。ほんと、こういう感じで、ナチュラルにやってるんです。
──驚きの証言です。ヘビー級のトップ選手の試合も見ないですか?
藤本 デオンテイ・ワイルダー(アメリカ、WBC王者)の試合もほとんど見たことないです。強いんだろうなあとは思うんですけれど。アンソニー・ジョシュア(イギリス、WBA・IBF・WBO統一王者)もそうですけど、見てもみなくても、彼らが強いことは間違いないことなので。あ、アンディ・ルイス(アメリカ)とジョシュアの1戦目(2019年6月、WBA・IBF・WBOタイトルマッチ)は、ちょっとだけ見ました。ルイスが長身のジョシュアとどう戦うかを、ですね。ルイスは強かったですね。うまくパンチをかわしてましたね。ルイスの特性がよく出たと思います。あ、でもそれも、オンタイムでは見てません。今回の僕の試合が決まってからです。
──ジョシュアが圧倒的有利を予想された一戦。身長差、実績の差を、ルイスが見事に覆した試合でしたね。今回、藤本選手が対戦するデュボアは、身長196センチ、リーチ198センチ。身長183センチ、リーチ186センチの藤本選手を大きく上回ります。ワンツー主体の正統派、という印象でしょうか。
藤本 ほんの少しはビデオを見ました。強いな、と思いました。上手いボクシングをします。見た目も強そう、怖そうで…。まあでも、ビデオは少し見ただけです。あとは結局、スパーで確かめるしかないんです。これまではあえて懐へもぐり込むようなスパーはしたことないですけど、今回は試してます。ああいう技術のあるでかい選手とやる時は、こうやってやるしかないんだな、と思ってやってます。懐への入り方もわからないので、スパーしながら確かめていってる感じですね。年齢は関係ないですけど、ここへきてこんな年下の選手と戦うと思うのは、なにか感慨深いです。こんなデカくて強そうな若者とね……。

着ぐるみは私物!

東京で行った発表会見。阿部トレーナーとともに、ド派手な格好で臨んだ 写真/藤木邦昭

──そうは言うものの、ちょっとジャブを放ちましたね? 11月中旬に東京で行った発表記者会見では、阿部弘幸トレーナーがパンダの着ぐるみを着て、それがデュボア陣営を刺激したとか……。
藤本 そうなんですよ。何かで見たようで、怒ってるみたいなんですよね。僕はそんな怒らせようと思ってやったわけじゃないんですけど……。何もやらないつもりが、会見のために後楽園ホールの展示会場を貸切ってくれた、と聞きまして。あの日の朝、小國(小國以載、角海老宝石、元IBF世界スーパーバンタム級王者)に“なんかやらないんですか?”とけしかけられました。実は僕の家にはいっぱい着ぐるみがあるんです。集めるのが好きで。そういうタイプの男なんですよ。相手を熊に見立てよう、ということになり、調べたら、パンダは“熊”科だというので、じゃあパンダでいこうということになりました。
──ちょっと待ってください、あの着ぐるみはもともと私物なんですか?
藤本 はい。僕のです。当日の朝に、阿部トレーナーもノッちゃって。まさか相手陣営にバレるとは思わず。ささやかな、無駄な抵抗だから、と思ってやったら、ばれましたね。イギリスに入ったら徹底的におとなしくしてようと思います。

大きい相手に向かっていく姿を見せたい

週3日のスパーでトータル60ラウンズを消化。イアゴ・キラッジと、クルーザー級とヘビー級で世界挑戦経験があるラティフ・カヨーデがパートナー。カヨーデは数年前にも京太郎とスパーリング経験があり、京太郎について「その時よりも彼はずっと強くなっている」と語った

大きな相手に勇気をもって近づいていき、左ボディブローを叩き込む

──それはそれとして、正真正銘、世界戦線参入がかかる大勝負です。ジョシュア、タイソン・フューリー(元3団体統一世界王者)を中心にイギリスのヘビー級は世界を席巻して大変な盛り上がり。デュボアは、ジョー・ジョイス(リオ五輪スーパーヘビー級銀メダリスト)と並び、次期スター候補です。
藤本 決まってから、こんなに大きな試合なのだということに気づきました……。でもやっぱり、どこかで経験しなければならない戦い。でなければ、続けている意味がありませんから。決まってくれたんだな、と思います。「暗いトンネルでしたけど、やっとここまで来れたことは、うれしいです。日本は軽量級の強い選手はたくさん知られていますけど、重い階級にも強いのがいるんだぞ、というのが見せられたらなと思います。日本人のヘビー級ボクサーとしてこういう舞台に立てること自体、有り難いことなので、それを誇りに思って、あとはしっかり体を仕上げて臨むだけです。
──12月9日が最終のスパーリング。10日にロサンゼルスから日本へ戻り、14日にはイギリスへ出発、とひじょうにタイトなスケジュールです。
藤本 スパーリングをやり切ったら、もう8割がた終わったようなもの、という気持ちです。今回はほんとうにキツかったんで。スパーを乗り切り、21日の試合を乗り切ったら、何かが変わるんじゃないかな、と思います。人として、大きくなれるんじゃないかと感じます。ほかの人にはできないことをやっている、ということに誇りを持てますし、これからの人生になにかプラスになるんじゃないかと思います。
──イギリスの熱いファンを、ぜひアッと言わせてください。
藤本 イギリス、いますごいボクシング盛り上がってるんですよね。この試合、メインイベントだそうで……。会場もなかなか大きいとも聞いて……あぁそうかぁ……という感じなんですけど。相手はもちろん勝つ気満々で来るんですから、激しいせめぎ合いになるでしょう。まずは生きて帰らなければならないですけれど、大きい相手に向かって行く姿勢をみせたいと思います。戦い終えた後に、やってよかったな、と思いたい。そう思えればいいな、と思います。それだけを夢見て頑張ってみます。

インタビュー&写真_宮田有理子
Interview & Photos by Yuriko MIyata

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