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2022-10-28

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第3回「背中」その3

平成25年初場所千秋楽の打ち出し後、高見盛は引退を発表した

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目は口よりモノを言い、といいますが、背中もかなり雄弁です。
令和元年夏場所、残念ながら右ヒザを痛めて休場を繰り返した新大関の貴景勝も、この場所から埼玉栄高の3年後輩で、昭和の大横綱の大鵬の孫、納谷が付け人についたことについて場所前、こんなことを話していました。
「背中で見せられるように一生懸命やる。(自分が)先輩たちに背中で教えてもらったことをやっていけたらいい」
つまり、力士たちは背中でいろんなことをいっぱい会話しているんですね。
背中は大事。それだけにさまざまなことが起こります。そんな背中が引き越したハプニングの数々です。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

叩きたくなる背中

ファンに背中を触られやすいタイプがあるようだ。仕切り前に腕を突き出したり、胸を叩いて雄たけびをあげるパフォーマンスで人気のあった高見盛は、大人から子供にまで大モテだった。そのどこか憎めない親近感がこれらのトラブルの伏線になったのは否めない。
 
平成21(2009)年九州場所6日目、東前頭14枚目の春日王を会心の相撲で寄り切り、いい気分で引き揚げてきた高見盛(現東関親方)は、花道の奥まできたところでいきなりファンらしき赤いジャンパーを着た中年の男性にいきなり抱きつかれ、さらに背中を3発、バシバシバシッと引っぱたかれた。
 
この不意打ちに驚いた高見盛。一瞬飛びあがって目を剥き、一目散に支度部屋に逃げ込むとこう叫んだ。

「なっ、なんなんだ。オレは神でも仏でもねえ。いい気分のとき、いきなり背後から襲われたら、誰だって逃げ出したくなるだろう。こっちは手を出すわけにはいかないんだから、(ファンも)マナーを守ってほしいよ」
 
ちなみに、この場所の高見盛はこれがショック療法になったのか、この背中叩きをきっかけに4連勝し、みごと勝ち越している。
 
さらにこんなことも。平成25年初場所10日目。すでに年齢も36歳になり、東十両12枚目まで下がっていた高見盛は千代鳳戦に備えて土俵下の控えに入り、精神を集中させていた。このときの成績は3勝6敗。十両陥落の大ピンチだった。すると、後方からファンらしき丸刈りの中年の男性が近寄り、

「がんばれよ」
 
と言いながら背中をタッチしたのだ。その男性はすぐ係員に連れ戻されたが、驚いたのは高見盛だ。

「ああ、クソーッ。触られた」
 
と勝負直前にもかかわらず叫び、錯乱状態に陥った。横にいた大鳴戸審判委員(元大関出島)が、

「すぐイライラしているのがわかった。ちょっとしたトラブルで集中力が乱れることはよくある。かわいそうだった」
 
と証言しているところを見ても高見盛の尋常ではない取り乱しぶりがわかる。これでは勝てない。案の定、立ち合い、せっかくモロ差しになりながら無謀にも引いてしまい、逆に押し出されて、ついに負け越し寸前の7敗目を喫してしまった。思いがけないアクシデントで手痛い星を落としてしまった高見盛は引き揚げてきても怒りが収まらない。

「まだ相撲を取りたい。少なくとも最後まで取りたい。力士である以上、やんなきゃいけない」
 
とわめいたが、最終的に5勝(10敗)しかできず、幕下落ちが決定。場所後、15年に渡る現役生活にピリオドを打って引退することを表明。年寄「振分」を襲名した。

月刊『相撲』令和元年6月号掲載

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