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2023-03-10

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第7回「恩返し」その3

平成27年九州場所、優勝した日馬富士が八角理事長代行から賜盃を受け取る

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悲しいことに、最近は人間がどんどん薄情になり、自分さえ良ければいい、という風潮が広がっているように思います。
その点、大相撲界は違いますよ。同じ釜の飯を食い、同じ稽古場の空気を吸っていることもあって、師匠と弟子、兄弟子と弟弟子の関係はアッツアツ。
恩返しをする、という言葉もちゃんと生きています。
もっとも、大相撲界の恩返しは、世間のそれとはちょっとニュアンスが違いますが。
いや、中には、思わず胸が熱くなるような泣かせる恩返しも。そんなエピソードを集めました。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

理事長に恩返し

平成27(2015)年11月20日、九州場所13日目の午後6時55分、北の湖理事長(元横綱北の湖)が直腸がんによる多臓器不全で亡くなった。62歳だった。
 
現役時代は憎らしいほど強い横綱と言われ、その豪快エピソードも数多く残しているが、非常に律儀な性格で、亡くなる前日まで会場の福岡国際センターに出勤し、理事長としての仕事をキチンとこなしている。その仕事の一つが幕内終盤の取組を担当記者らと一緒に理事長室のテレビの前で観戦し、ときには厳しく、ときにはやさしく、解説することだった。12日目もいつものように報道陣に対応したが、ときどき体が横に傾きそうになるのを必死に腕で支えていたのを思い出す。もうよほど体調が悪かったのだろう。
 
ちなみに、この12日目終了時点では、白鵬が12戦全勝で先頭を走り、これを1差で日馬富士が追いかける展開で、この日も白鵬は琴奨菊に快勝している。しかし、北の湖理事長が褒めたのは、豪栄道に目の覚めるような一気の押しで押し出した日馬富士で、

「よくここまで1敗でついてきたな。白鵬との1差の直接対決になれば、勝負がどうなるか、わからん。褒めてやりたい」
 
と絶賛した。
 
翌日の白鵬対日馬富士戦をにらんだ言葉だ。結果的にこの日馬富士が北の湖理事長が生涯最後に褒めた力士になる。
 
この北の湖予言がピタリと的中。翌日の北の湖理事長が息を引き取るちょうど1時間前、日馬富士は白鵬に快勝して横一線に並び、最終的にかろうじて振り切って逆転優勝した。盟主を失ってしんみりした中、八角理事長代行(元横綱北勝海)から賜盃を受け取った日馬富士はこう言って涙を流した。

「2年ぶりの優勝です。一日一番、ホントに全身全霊でやりました。土俵の神さまが味方してくれました。(北の湖理事長に)恩返しができました」

月刊『相撲』令和元年10月号掲載

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