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2018-11-30

【ボクシング】「攻撃と防御はひとつの流れ」 井上尚弥の“こだわり”から学ぶ

上写真=父・真吾トレーナーの一挙手一投足から、片時も目を離さない。その“集中力”がハンパない

あらゆる角度から、WBA世界バンタム級チャンピオン井上尚弥(大橋)の“モンスター”ぶりが評価され、そのボクシングが分析されている。「パンチング・パワー」「ハンドスピード」「踏み込みの速さ」……。もちろん、どれも彼のボクシングの凄さを表す言葉として適切である。が、その圧倒的な攻撃力にどうしても目を奪われてしまうのだが、それを生み出す“前後の動作”にもっと注目してみたくなるのだ。まだスタイルの固まっていない少年少女ボクサー、これからボクシングを始めようという未来の選手たち。もちろん、われわれのような素人や、スタイルに行き詰っているボクサーたち、すべての人の一助となれば──。

10月7日、横浜アリーナのわずか70秒決着。技のくせ者ファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)を沈めた、内側に滑り込ませた左ジャブ、そして一撃で屠った右ストレート。あの2発が全世界を震撼させたものだが、井上尚弥は右ストレートを打ち抜いた後、さらに右サイドへ回り込んだ。
 現在発売中の『ボクシング・マガジン12月号』のインタビューで彼はこう明かしている。
「パヤノの反撃に備え、さらに追撃する体勢をとっている」と。そして、さらにこう付け加えた。「攻撃と防御はひとつの流れ。それをずっと(練習で)やってきましたから」

「攻防兼備」、「攻防分離」という言葉がある。前者は攻撃と防御を兼ね備える選手のこと。後者は、攻撃と防御がバラバラに分かれており、攻撃力はあるが防御は疎か、もしくはその逆の選手などを指す。
 これらはまず、選手や指導者の意識の問題があり、さらに日常のトレーニングの仕方に工夫が必要なのかもしれない。打つことだけ、守ることだけと、攻防を分けてトレーニングすると陥りやすいだろう。また、防御動作の練習をしない、防御意識がないなどは、まったくもって言語道断だ。

左ジャブを打つ。体のバランス、それを支える両足に注目!

打ったら素早く元の位置に腕を戻す。井上尚弥が素晴らしいのは、当てるだけ、触るだけのブローでなく、打ち抜いた上で、きちんと戻すところにある

打ったら戻り、また打つ。連続して打てるのは、バランスを常に保っているから

踏み込んで打った反動を利用して腕を引き、体も元の位置にステップバックする

 ボクシングのもっとも基本的なトレーニング=シャドーボクシング。ただ闇雲に速く打つ、のではなく、体全体のバランス、足の位置、頭の位置、腕の位置を細かくチェックする。井上尚弥は「シャドーボクシングでも、もちろん相手をイメージしながら動く」と常に語る。だから、彼の動きを見ていると、相手の動きまで見えてくるのだ。

両グローブでフェイントを入れながら、体全体でリズムをとる

頭の位置、肩の位置をずらして体重を移動させる。左の骨盤で支え、左足にシフトウェート

左アッパーカットを打つ瞬間。顔面がガラ空きになり、もっとも危険な体勢となるが、頭の位置をずらしているからこそ、この形をつくることができる

強烈な右ストレートをぶち込む!

と同時に、真吾トレーナーのリターンをかいくぐり、左サイドへ回り込む

同じく右ストレートを打ち込む

打った反動を利用して、元の位置にステップバック。同時に腕とバランスも元どおり

相手の反撃をかわし、すぐに追撃態勢をとれている

「ボクシングを始めたころから、口すっぱく言われてきました」(尚弥)
 打ったら動いて相手の攻撃をかわし、なおかつ即追撃できるカタチになる。ステップバックして両ガードを元に戻す。左右へのヘッドスリップを繰り返す。ウィービングして右サイド、左サイドへ回り込む。やっていることは基本中の基本。だが、パンチを打つ動作が“1”の並の選手に対し、井上尚弥が違うのは、打つ前の動作→打つ→かわす→追撃態勢まで、複数の動作が全部合わさって“1”なのだ。それが本人曰く、「ひとつの流れ」──。
 考えていてはできない。父・真吾トレーナーと何万、何千万回…とコツコツと繰り返してきた積み重ねにより、「体に染みついている」(尚弥)から、流れるように動けるのだ。

サンドバッグ打ちも、ただ闇雲に打たない。ガッチリとガードを上げ、相手を想定して、重心を落として打つ。井上尚弥は、サンドバッグとも“戦っている”のだ

 どうしたら井上尚弥のように強いパンチを打てるのだろう?
特に同業の選手たちは、羨望も含めて考えているはずだ。けれども、まずは“攻防一体の流れ”を自分なりに研究し、“自分なりのバランス”を取ることを念頭にトレーニングしてみてはどうだろう。

「長年やってきた井上尚弥だからこそできること」、「井上尚弥は才能があるから」と諦めてはいけない。フォーム、スタイルはそれぞれの特性があるから、まったく同じになる必要はない。でも、攻防を兼備し、一致させるというのは、ボクシングのベーシック・スタイル。誰もが会得すべき技術であり、そうありたいと意識することは絶対に必要なのだ。

 物事に取り組むのに、「遅い」なんてことはない。
まずは意識を持ち、考える。そこからスタートしてみよう。 

文&写真_本間 暁

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