※午後1時に設定された前日計量だったが、マクドネルが会場に現れたのは午後2時すぎ。長時間待たされた井上尚弥は、怒りをグッと噛み殺し、青白い炎を燃え上がらせていた 写真/佐藤伸亮
文_宮崎正博
Text by Masahiro Miyazaki
いよいよ今夜に迫ったWBA世界バンタム級タイトルマッチ。東京都・大田区総合体育館で日本の誇るスーパースラッガー、井上尚弥(大橋)がここまで5度も防衛してきている強豪チャンピオン、ジェイミー・マクドネル(イギリス)に挑む。
試合に先立ち、24日には都内のホテルでこの試合の計量が行われた。井上が53.5kgのバンタム級リミットいっぱい、マクドネルは53.3kgとともに一発でパスしている。
もっとも、マクドネルは午後1時の定時を1時間10分近くも遅刻し、なおかつ直前の厳しい減量の影響はありありで、血圧は89/69と異常に低かったし、自力で服を着るのも大儀な様子だった。
「(マクドネル側から)謝罪のひとつもありませんでしたね。陣営の態度にも正直、イラッときました」
井上の闘志にさらに火をつけた。マクドネルの減量法は直前になって極度に水分を抜く最近流行の方法で、回復も早いとされるが、1日でどこまで本来の体調を取り戻せるのかも勝負を占う大きなカギになるのだろう。
ただし、そんなウェイトコントロールのあれこれを別にしても、井上有利の予想が大勢を占める。その根拠は挑戦者が持つ圧倒的なパワーにある。右ストレート、左フックと軸にしているパンチにはギガ級、いやテラ級の破壊力がある。さらに圧倒的なクイックネスもある。瞬時にポジションを移動しながら、どの角度からもたちどころにすばらしいコンビネーションブローを打ち込んでいく。
もちろん、マクドネルも強者である。178cmとされていた身長は、来日後の検診で175.5cmと判明したが、バンタム級としてはまれに見る長身であることに変わりはない(井上は165.2cm)。リーチも182cmと井上より11cm以上も長い。その体格面の優位をフルに活かすのが、マクドネルの持ち味でもある。
このチャンピオン、スピードも、一発パンチも特筆するほどでもないが、守りは強い。リーチを伸ばし、さらに上体をそり返すスウェーバックという技術はなかなかの逸品だ。攻めは長い右ストレートもあるが、むしろ思い切って振り抜く左フックのボディブローが目立つ。
井上はまずマクドネルの作る長い距離を潰すのが第一の仕事になる。けれど、井上の迅速で確実なステップがあれば、そんな作業もさして苦にならないのではないか。中盤を迎えるまでに、大きなヤマ場が訪れると見るのが順当だろう。
もし問題があるとしたら、まずは精神面。決して、いらついたり、功を焦らないこと。井上が打ち終わりに不用意な立ち位置にいたら、マクドネルのタイミングをはかりにくいパンチの標的にもなってしまう。序盤にそんなパンチを食えば、流れも乱れる。どのときに何をすれば、ペースを巻き戻せるかとそんな状況管理術の高さも井上の美質だが、リスクは犯さないほうがいいに決まっている。
井上はここまでプロ戦績15戦全勝(13KO)。勝てばWBCライトフライ級、WBOスーパーフライ級に次いで世界タイトル3階級目の制覇となる。3階級制覇を達成した日本人選手は4人いるが、井岡一翔(井岡)の18戦を抜いて日本最短記録、世界を見ても、五輪連覇から3戦目で最初に世界王座を獲得したワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)の12戦目に次いで史上2位の記録になる。
さらに井上にとっては、このマクドネルとの戦いにはそんな記録のあれこれ以上の価値がある。勝利できれば、WBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)にシード選手としてエントリーされる。世界のトップ級8人で争われるこのトーナメント戦は、2017年秋から第1シーズンがスタートを切り、スーパーミドル級、クルーザー級で決勝を待つだけだが、その賞金総額は50億円を超える。井上が参加資格に王手をかけている第2回大会のバンタム級でも、優勝すれば数億の賞金が保障されるのは確実といわれる。
大事なのはお金の多寡ばかりではない。お金の額がそのままプロフェッショナルのステータスになるのだ。だからこそ、金銭的な面を強調したい。なお、このトーナメントを勝ち抜けば、イギリスからアメリカに転戦し、ミリオンダラー(100万ドル)ファイターとして世界のトップに立つこともできる。夢は果てしなく続くのだ。
試合は19時57分(関東以外では20時2分)からフジテレビ系列で生中継される。
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