文&写真/本間 暁
世の中、なんでもかんでも便利になったものである。
街に出れば、どこもかしこも自動、自動、自動……。
食事さえどうにかすれば、あとはスマートフォンひとつでなんでも事足りてしまう。
言ってみれば、汗水流さなくとも、目的に到達してしまいがちな世の中。
合理主義は極まり、目標に向かうまでの労苦は、“無駄なもの”、“バカバカしいこと”とバッサリ。
スマートであることが美とされ、地道にコツコツやることが、どこかカッコ悪いもののように受け取られてしまう。でも──。
デジタルは、あくまでも人間をサポートするものでなければならない。
大切なのは“人そのもの”、そして、その人その人が備えるべき“アナログ力”である。
……とまあ、わけのわからないスタートになってしまったが、WBO世界フライ級チャンピオンで、さる大晦日、元WBC同級王者・五十嵐俊幸(帝拳)に完勝をおさめて初防衛に成功した木村翔(青木)のことを書こうとしたら、冒頭のような言葉がつらつらと浮かんできたわけである。
青木ジム関係者曰く、「見た目はEXILEにいそう」。たしかにそう。色黒、オシャレヒゲ、スーツの着こなし、男らしい風貌……。実に洗練されている。でも、彼の魅力はもちろん、本業=ボクシングにある。実に人間らしく、アナログ。スマートとは程遠いけれど、心をグッとつかまれる。
12月30日。試合前日の調印式にて。カメラマンの要望にしたがってフェイスオフに臨むWBA世界ライトフライ級王者・田口良一(ワタナベ)とIBF同級王者ミラン・メリンド(フィリピン)。と、その後方で木村がニヤニヤしながら様子をのぞき込む。翌日V1戦を控える身なのに、どこか他人事でおもしろかった
調印式後の計量。開始までの待ち時間、木村はやはりニコニコ。心臓に毛、どころか鋼が入ってそう
試合内容についての詳細は1月15日(月)発売の『ボクシング・マガジン2月号』をご覧いただきたい。「空振り」をテーマにしたレポートを掲載しているので。
とにもかくにも、初回からブンブン振り回し、空振りし続けた木村の姿は、実に人間くさかった。
人によっては、「下手くそ!」って思うんだろう。でも、がんばってガンバッテ頑張り抜いた果てに、彼は強敵・五十嵐を9回TKOに仕留めてしまったのである。
初回から木村はスパーク! フルスイングは最初から最後まで続いた。写真/馬場高志
左腕を伸ばして五十嵐を追い込み、同時に距離をはかる。タイの名チャンピオン、カオサイ・ギャラクシーのテクを研究し実践した。写真/矢野寿明
興奮冷めやらぬドレッシングルーム。
「試合内容は……自分で見ていないので何とも言えません(笑)。でも、有吉(将之)会長が、『ブンブン振り回してておもしろいよ!』って言ってくれてたので(笑)。
八重樫(東)さんが「激闘王」って呼ばれて人気があるように、僕もボクシングを知らない人でも熱くなれるようなボクシングをやっていければいいと思います」
いったいどれだけのパンチを空振りしただろう。けれども、その1発1発からは、とてつもないエネルギーがほとばしっていた。柔らかくて硬い!? 人間力が、その都度その都度にあふれだす。だから、決して見ていて飽きない。いや、目を離せない。いやいや、完全に虜。「あんだけ空振りさせといて、いったいいつ当てるんだろう!?」って。
木村翔は、決してバカじゃない。彼は彼の特性を生かすためのボクシングを“演じて”いるのだった。それについても、本誌をぜひ!(笑)。
「1発もらっても、2発3発と当てればいいんです。
僕、昭和のボクシングしかできないから──」
そっか。木村翔は1988(昭和63)年11月24日生まれ。あとひと月ちょい後の1月8日から、時代は平成へと移り変わったのだ。本当に、最後の最後の昭和の「ラスト・ファイター」なのかも。
傷はバッティングでカットした右目上だけ。昭和スタイルで戦いながら、実に美しく試合を終えた
試合翌日、平成30年1月1日。東京・高田馬場にある青木ジムに、少し腫らせた右目上に絆創膏を貼った木村が現れた。「いま、5針縫ってきた」のだという。
一夜明け会見は、テレビ、新聞記者を集め、いつもの木村の会見同様、和やかに進んでいった。
そして、最後に撮影タイム。
ベルト以上に大事に抱えたものがある。
「僕、人生でトロフィーをもらったの初めてなんですよ!」
両手で2つ抱えて誇らしげに撮影し、おもむろにそれを下ろすと、今度はスーツを両手でパッと開いた。ド派手な絵が否応なしに飛び込んでくる。
ボクサー、格闘家を支援しているヴァンクールのオーダースーツ。
大倉淳社長からプレゼントされたものだという。
「派手なものがいいと思って、選ばせていただきました。ピカソみたいでしょ(笑)」
これを選ぶあたり、ひょっとしたら芸術方面のセンスもあるのかも。
北京&ロンドンオリンピック・ライトフライ級金メダリストのゾウ・シミン(中国)を、敵地でブッ倒し、そして今度はアテネ五輪日本代表だった五十嵐をストップした。
いわば洗練され尽くした男たちを、叩き上げで遅咲きの「昭和のボクサー」が乗り越える。
こんな“成り上がり”ストーリーには、なかなかお目にかかれない。
中国のスーパースターを倒したのが2017年7月。わずか半年あまりで、木村翔の人生は劇的な変化を遂げた。とうの中国では、「あのゾウ・シミンを倒した男」として、にっくき日本の拳闘家ではなく、人民の尊敬を集め、すっかりスターの仲間入りを果たしているのだという。
きっとこれからもどんどん周囲は目まぐるしく変貌を遂げていくのだろう。
生活もぐんぐんと変わっていくはず。
それでも、自らが持つアナログ力、昭和の香りを決して失わないでもらいたいものだ。
それこそが、木村翔の最大の武器だと思うから。
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