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2017-12-10

Who is The QUEEN? 女王はワタシ! 「左で倒す!」 WBC女子世界ミニマム級チャンピオン 黒木優子

海の向こうでは、“究極のテクニシャン対決”ワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)vs.ギジェルモ・リゴンドー(キューバ)がまもなく始まろうとしている。
 全世界のボクシングファンが、この瞬間を待ち望んでいたといっても過言ではない。
まさに21世紀最大最高の“ミクロの戦い”。
 そして、わが日本でも、世界チャンピオン同士、同じくサウスポー同士の女王対決が、あと1週間と迫ってきた──。
 WBC女子世界ミニマム(ミニフライ)級タイトルマッチ10回戦。
チャンピオン黒木優子(YuKOフィットネス=26歳)vs.WBC女子アトム級チャンピオン小関桃(青木=35歳)、12月17日(日)、福岡県・九電記念体育館。
 地元・福岡で小関を待ち構える黒木。東京から敵地に乗り込んでいく小関。
それぞれのこの試合に賭ける想いをお届けしたい。

文&写真/西村華江

「お疲れ様です!」と、元気なあいさつで笑顔を向けてくれる姿は、いたって普段どおり。
 けれどこの日は、福岡市内から車で1時間ほどかかる嘉麻市(福岡県)に出向き、一日署長を勤めてからのジムワークである。大一番を間近に控え、日々の練習もピークにさしかかっているこの時期。疲れていないはずがない。それでも、彼女は何食わぬ顔で、頑張る──。

 芸能事務所にも所属し、スポーツタレントとしての活動もこなしながら、様々なところへ出向いて、女子ボクシングの知名度アップにスポンサー獲得に、と普段から実に精力的。
「まだまだ、女子ボクシングの認知度は低いんですよ。もっと多くの人たちに知ってもらい、試合を見に来てもらって、女子でもすごいんだな、面白いって思ってほしいんです」と、彼女は常々口にする。
 普段はまったくボクサー然としていない。可愛らしい今どき女子である。試合当日も、ばっちりメイクにハイヒールとスカートで会場入り。調印式や前日計量では、振袖の着物、ビキニの水着、サンタさんのコスプレなど華やかな演出で自らも楽しむ。
 どれもこれも、女子ボクシングの地位向上のための、彼女流のアプローチなのである。と同時に『勝ち続けること』の責任感もしっかり持ち合わせている。

 彼女は3歳からスキーを始め、小2からアルペンスキー選手として活躍し、高校時代には2年連続で国体、インターハイに出場も果たしている。根っからのアスリート。
 ボクシングとの出会いは、中学2年生のとき。警察官である父に勧められトレーニング目的で始めたのがきっかけだったが、いつしか試合に出たい気持ちが湧いてきた。

「スキーでは雪国の選手には敵わないから」。
ボクシングで立つ──。勝負師としての本能だった。

 そして、当時のJBC(日本ボクシングコミッション)女子最年少記録、17歳8ヵ月(高校3年生)でデビューを迎える。奇しくも、この年=2008年は、小関桃が世界王者になった年である。
 初戦は敗退して、ほろ苦いデビュー戦だったが、持ち前の “負けん気”を発揮して頭角を現し、2013年3月、世界初挑戦。だが、王者の多田悦子(当時フュチュール、現・真正)に敗れ王座奪取に失敗。その後も2試合連続未勝利で苦しむも、翌年の5月、2度目の世界挑戦で、安藤麻里(フュチュール)から王座を奪って、現在までに5度の防衛を果たしている。

 決して順風満帆でここまで来たわけではない。だからこそ、世界王座を17回も守り続けている小関桃との今回の試合が、容易ではないことは十分承知している。
「サウスポーは苦手っ! リーチめっちゃ長いし」と茶目っ気たっぷりに笑いながらも、
「絶対に勝ちますよ。それでしか支えてくれているみなさんに恩返しできないし」と表情が引き締まる。
「桃さんの左を警戒して、左で倒します。判定では勝てないから。“激突”ですよ」と、自分にも言い聞かせるように強く言い放った。

 数年前、メキシコで開催されたWBC総会に、黒木と小関は一緒に出席した。ずっと行動を共にして感じたことがある。
「きちんとしている人。自己管理能力が高くて、本当のプロフェッショナル」。
小関の無尽蔵のスタミナと連打力は、彼女だから成せる技、と敬意を払う。
「だから粘り強い。なので、しっかりした心が大事ですね」。
 どっちの勝ちたい気持ちが上なのか──。それが勝負の分かれ道になりそうである。
 それでも、パンチ力では分がある。「右も左もパワーアップしていますから」と自信満々にニコリ。確かに、重心が以前より低くなっていて、力強さが増している。
 訊ねると、元日本ミニマム級1位の金田淳一朗さんに、フィジカルトレーニングを師事しているという。

同じ日、日本女子アトム級王座決定戦に臨む同僚の葉月さなとスパー。強烈な左ストレートを打ち込んでいく

 金田さんは、2011年に引退して東京でトレーナーに転身。実践と理論習得に励んだ後、1年ほど前に地元の大分に近い福岡へ居を移して、市内の中央区赤坂にあるパーソナルジムでマンツーマン指導にあたっている。そこへ黒木が通い始めて2ヵ月あまり。

「試合までに、体を作り上げるには時間が足りません。なので、ケガをさせない体づくりと、不安材料を1%でも減らすトレーニングをしています」と金田さんは言う。
練習で疲れきった体をさらに追い込むことで、“これだけやったんだ”という自信をつけていくのだ。
「身体能力は一般レベルだけど、飲み込みが早い。まだまだ発展途上で伸びる要素がありすぎて怖いですよ」と、黒木の潜在能力に期待を寄せている。

 特別に秀でたものがないのに黒木が強いのは、からだ全体の使い方がナチュラルで上手いから──。金田さんの分析を紐解けば、黒木の“強み”は、体幹を必要とするスキーで長年培ってきた賜物、ということになる。
「多くの選手が、練習でできることを試合では出せずにいるのに対し、小関さんは練習の動きを試合で出せるのが強み」と、対戦相手・小関を評する金田さん。裏を返せば、それ以上のことはない、とも。
「黒木は天才肌。リズムに乗ると、何か閃きを感じ取るのではないか」。
だから、サプライズを起こせるのは彼女の方でしょう、と金田さんは語った。

究極の女王対決に自信みなぎる。だから、表情も明るい

 女子ボクシングの第一線を走り続けてきた“稀代の安定王者”小関が、その誇りと意地を見せつけるのか。まだ伸びしろ豊かな黒木が“自分の時代”を切り開くべく、新たなベールを開くのか──。
 
 決戦の日は、クリスマス間近の12月17日。
彼女たちは私たちファンに、どんな贈りものを届けてくれるのだろうか。

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