Xリーグ・レギュラーシーズン「強豪対決X(じゅう)番勝負」の「その7」は、10月15日、エキスポフラッシュフィールド(大阪府吹田市)のパナソニックインパルス対オービックシーガルズの一戦を取り上げる。
ファインダーの中で木下典明が笑っていた。第5節のパナソニックインパルス対オービックシーガルズの1戦、後半のシーガルズのキックオフリターンだった。
インパルスのK佐伯眞太郎のキックを自陣10ヤードでキャッチしたシーガルズの木下は、そのまま真っ直ぐに左サイドライン沿いを駆け上がった。トップスピードに乗って、佐伯のタックルをかわした。後方からインパルスDB小原啓が追うが届きそうになかった。その時、木下が小原の方に顔を向けて、確かに笑ったように見えた。木下はそのままエンドゾーンまで走り切った。
90ヤードのタッチダウン(TD)。バイロン・ビーティー・ジュニアが、砂川敬三郎が、池井勇輝が、江頭玲王が走り寄った。サイドラインでは、藤本将司らが正座して、王様を迎える家来のようにおどけた仕草で、木下に敬意を表していた。
ポイントアフタータッチダウンのキックこそ失敗し、6-9となったが、前半を無得点に封じ込まれ、劣勢だったシーガルズのサイドライン・応援スタンドの空気がガラリと変わっていた。シーガルズのみならず日本のフットボール界を代表してきたスターの底力というほかはなかった。
デジタル一眼レフの背面液晶で、撮影した写真を確認すると、木下はリターン中にやはり笑みを浮かべていた。プレー中に笑ったなどと書くと「不謹慎」、「不真面目だ」とか、「相手を馬鹿にしているのか」などと考える人もいるかもしれない。しかし、これは、以前からビッグプレーを決めた時の木下の特徴だ。本人が意識をするわけではなく自然と笑みが浮かんでしまうのだという。もちろん相手を侮辱する意図などはまったくない。
ただ、この日、前半の木下は満足のいくプレーをしていたとは言い難かった。先発したQB菅原俊のパスのタイミングが微妙に合わず、パス不成功が続いた。サードダウンでボールが胸の中に入っていながら、落球したパスもあった。
リターンTDをきっかけに、木下は集中力を取り戻したかに見えた。第3クオーターには、サードダウンロングで交代出場したQBイカイカ・ウーズィーからのパスを、パナソニックディフェンスのダブルカバーに遭いながら片手でキャッチして21ヤードをゲイン、ファーストダウンを奪った。このパスでパナソニック陣深くに侵入したオービックは、イカイカがWR萩山竜馬にTDパスを通して逆転に成功した。
その後、パナソニックQBベンジャミン・アンダーソンのパスTDで再び逆転されたオービックは3点を追って第4クオーターを戦った。イカイカから木下へのパスが、タイミングが合わずにアウトオブバンズになるなど、木下のプレーは再び微妙な狂いが生じていた。強肩で強いリードボールを投げ込めるイカイカと、快足の木下。「2人だからこそできるプレーがある」と日頃から語っている古庄直樹ヘッドコーチの期待にかなうプレーは、この第4クオーターでは見られずに終わった。13-16で、オービックはパナソニックに敗れた。
終始強い雨が降り続いた中でのパスオフェンスだった。パナソニックのアンダーソンは5/12で成功率41%、87ヤード1TDだったことを考えれば、菅原の5/10,59ヤード、イカイカの7/12,105ヤード1TDは責められるような数字ではない。インターセプトだけでなくファンブルロストもなかった。
それでも木下はまったく納得していなかった。特に前半だ。「(菅原が)この雨だから、ロング系の(パスは)難しい。ショート系を落としてくるとわかっていたのに、そのショート系でタイミングが合っていなかった」。木下は雨のゲームは嫌だという。パスを捕りにくいからではない。「自分たちが、雨など関係なしにやれる力があるのに。こういう試合をしてしまうと『雨のせいだから』となってしまう」。人一倍、責任感とプライドがあるだけに、言い訳のようなものがたまらなく嫌なのだろう。
リターンTDは「自分としては広いサイドの方が、(走るレーンとして)良い絵が見えていたので、そちらにリターンしていた。あのプレーだけは宮本(士)コーチの指示に従って、狭いサイドの方を走ったのが結果的によかった」という。
木下は12月で35歳になる。2015年には満身創痍の状態で、世界選手権の日本代表のチームリーダーを務めた。現役として残された時間はそう長くはないのかもしれない。かって、リターナーとしてオールNFLEに選出され、アトランタファルコンズとオフシーズンロースター契約、キャンプの最終日まで残った「日本人で最もNFLに近づいた男」が、光り輝く場面を見ることができるか。ディフェンスを寄せ付けずに、笑みを浮かべながら快走する姿を撮ることができるか。それが、シーガルズが今季、日本一を奪還するためのカギなのは言うまでもない。【小座野容斉】
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