「あの日父が見た風景をもう一度写してみたい」
そんな思いをのせたヘリコプターが、新国立競技場の空へ飛び立つ。
※写真上=昭和38年中島カメラマンが撮影した建設途中の国立競技場
昭和33年。ベースボール・マガジン社写真部に在籍していた中島信夫氏。我々にとって大先輩の中島氏だが、現在の写真部員に、生まれている者はいない。
東京五輪前年の昭和38年、フリーランスとなっていた中島氏は当時の防衛庁の依頼で、ヘリコプターから建設途中の国立競技場を空撮した。その貴重な写真から、競技場は完成間近ながらも、聖火台の周りにはまだ足場が組まれているのがわかる。
平成30年9月23日、中島氏は逝去された。享年83歳。長女の梨絵さんが生前愛用のカメラを首にかけると、いっそう安らかな表情になったという。写真家としてのみならず音楽家としても活動され、地元墨田区や文京区の混声合唱団に長い間尽力した。訃報は、新聞の都内全区域版に写真付きで掲載され、周囲の人々は深く悼んだ。
そして平成31年4月某日―。
梨絵さんは、父が撮影した東京五輪前年の同時期に東京の空に飛び立ち、建設中の新国立競技場の空撮に挑もうとしている。父愛用カメラのニコンFと、父が使用したニコンSPの同機種カメラとを携えて。
「撮影経験はほとんどありません。でもきっと当日は、私と一緒に父がシャッターを押してくれると思うんです。」
チャーターするヘリコプター会社は自ら探し、交渉にも出掛けた。
「あの日父が見た東京五輪前年の建設途中の国立競技場をもう一度同じように記録したい」
その思いは昭和、平成から令和へと流れる56年の歳月を超えて、もうすぐ実現しようとしている。
(文・高野徹 写真はすべて梨絵さん提供)
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