日本女子体育大学附属基礎体力研究所主催の「第35回公開研究フォーラム」が、11月30日、同大学の二階堂トクヨ記念講堂にて開催された。
今回のテーマは「人体の柔軟性を探る」。柔軟性は関節可動域のことを指すが、関係する要因は、関節をまたぐ骨格筋や腱、靭帯、骨の形状だけでなく、体格や体温、ホルモンバランスなど多岐にわたる。
フォーラムでは柔軟性に関する数多くの研究実績を持つ3人の研究者が、これまでに明らかになったさまざまな知見を紹介した。ここではスポーツのパフォーマンスに関係する内容を概括する。
ストレッチングの短期的な影響と長期的な効果 セッションⅠの基調講演では、筋と腱の研究で世界的に知られる川上泰雄・早稲田大学スポーツ科学学術院教授が、「柔軟性を考える~生体軟組織の力学的特性と関節の可動性の観点から~」というタイトルで、柔軟性の規定因子や個人差、ストレッチングの効果などについて述べた。
ストレッチングをすると関節が柔らかくなるというのはよくいわれるが、ストレッチすると筋肉も伸びるし腱も伸びる。筋と腱をひとまとめにして「筋腱複合体」というが、その要素の伸長の度合いをみると、筋腱複合体は「男<女」、筋は「男>女」、腱は「男<女」というように、男女差があることが紹介された。
また、ストレッチング実施による短期的な影響については、スタティック(静的)なストレッチングは実施直後に筋力の低下もしくは維持、ジャンプ力の低下がみられ、必ずしもパフォーマンスによい効果をもたらすものではないという。一方で、足関節背屈位で足先に15Hz程度の振動を与える局所振動ストレッチングの研究では、実施後、足関節の柔軟性は少し向上し、筋力低下は起こらず、ジャンプ力は有意に増加したという。一般に運動前には静的ではなく動的なストレッチングが勧められているが、こうした研究からよりパフォーマンスに好影響を与える動的ストレッチングのやり方が構築されていくかもしれない。
ストレッチングの長期的効果については、一定期間にわたって続けることによって関節可動域のみならず筋力の増加が認められるという。また、寝たきりの方ではストレッチングによって筋量が維持されたという研究もあるということだ。
このほか軟組織モビライゼーショという手技を用いた研究では、下腿後面を5分間道具を用いて軽擦したところ、腓腹筋自体には変化はないものの、足関節の可動域が広がったという。これについては膜性組織(いわゆる筋膜)の柔軟性が高まったことによるものだという見解を示し、筋膜へのアプローチによる柔軟性向上の可能性についても言及した。
深筋膜は柔軟性を決定する一要因である セッションⅡでは、愛知医科大学医学部講師の大塚俊氏が深筋膜の構造と機能について、京都産業大学現代社会学部准教授の加藤えみか氏が柔軟性の役割と評価について講演された。ここでは、スポーツ界では筋膜リリースやトリガーポイントなどの施術に関連してその存在が知られている深筋膜について、最新の知見を紹介した大塚氏の発表内容を紹介する。
大塚氏が研究している深筋膜は、全身の骨格筋を包む強靭な組織である。かつては単なる白い膜という認識であったが、最近になって強靭かつ全身にわたって存在する構造から、骨に次ぐ「第二の骨格」として注目されている。また、深筋膜は関節をまたいで覆うことから、柔軟性を規定する一要因としてもとらえられている。
深筋膜は皮膚の下の皮下脂肪と骨格筋の間にあり、筋外膜などの結合組織によって骨格筋に密着している。大塚氏らの研究グループは、深筋膜の厚さや硬さなどの特徴について、大腿部では外側面が分厚くて強靭であること、長軸方向より周径囲方向に伸びやすいことを発見している。
また、深筋膜の硬さは姿位によって異なる。大腿部の外側面の深筋膜は肥厚しており、腸脛靭帯とも呼ばれる。実験の結果、腸脛靭帯は股関節伸展位・膝関節屈曲位で硬く、股関節屈曲位・膝関節伸展位で軟らかくなるという。
人間の腸脛靭帯は他の動物よりも発達しているが、これは弾性エネルギーの蓄積と放出、人間の関節の安定性に貢献しており、特に2足歩行で片足を上げときに生じる骨盤の傾きを抑制していると、その役割についても説明している。
そのほか、最新の研究から、力発揮中の深筋膜の硬さ変化や、深筋膜の厚さと骨格筋の厚さとの関係など、さまざまなことが明らかになっているという。さらなる研究により、柔軟性と深筋膜との関係について新しい知見が得られることに期待したい。
日本女子体育大学附属基礎体力研究所
https://www.jwcpe.ac.jp/research/