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2025-01-17

【相撲編集部が選ぶ初場所6日目の一番】熱海富士、「やり直し」で執念の白星。照ノ富士引退会見の日に伊勢ケ濱勢奮闘

一番目の相撲で琴櫻の右足が出たか出ないか、というところで朝日山審判(左端)が手を挙げ、式守伊之助が熱海富士に軍配を挙げた。結局、琴櫻の足は出ておらず、「やり直し」に

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熱海富士(極め出し)琴櫻

きのう、このコラムを書いた直後に照ノ富士が引退の意向、の一報が入り、そこからきょうの昼には引退会見と、わずか一日でバタバタと状況が進んだ。
 
横綱は初日に負けた時点で、「あと1敗したら」と決意を固めていたようで、だとすれば2日目の取組後のコメントも、なるほど偽りなき心の内だったのだな、ということが分かる。こちらとしては、その日、このコラムで書いたような心持ちを想像していたが、やはり土俵に立つかどうかの最大のファクターは周囲の状況よりも、自分の心身の状態だということもよく分かった。

「自分は(特にヒザをケガしてから)ずっと自分自身と向き合ってきた。自分に常に語り掛けていた言葉は、“自分にウソをつかない”、“自分に負けるな”だった」という横綱の言葉は重かった。まあ、そういう意味では、われわれ周りは勝手な思い入れも含めてドラマを構成したがってしまうもの、という面はあるのだが。
 
そういう意味でいうと、照ノ富士引退会見のあったこの日に、我々が期待してしまいがちな分かりやすいドラマは、「伊勢ケ濱部屋勢が奮闘して横綱にはなむけの白星」だ。
 
この日、伊勢ケ濱勢の幕内は、まず錦富士が琴勝峰を押し出し。旧宮城野勢の伯桜鵬は敗れたが、尊富士は美ノ海を一方的に寄り切り。「きょうは絶対勝ちたいとか思うと力みにつながるから。いつもと同じように」と、この人らしい心持ちを語ってくれたが、それでも土俵に上がる際には、横綱の優勝額に目をやりながら上がったそうだ。続く翠富士は敗れたが、「横綱とは一番たくさん稽古してきた」という宝富士が、きのうまで全勝の玉鷲に送り出しで土をつける劇勝。
 
そして最後に登場したのは熱海富士。琴櫻を右四つ左上手で寄り詰め、向正面に寄り切ったように見えた。「ヨシ、これで伊勢ケ濱幕内6人衆勝ち越し、でいい話の一丁上がり」と周りが思ったその時、とんでもないことが起こった。なぜかこの相撲に物言いがついたのだ。
 
説明を聞くと、この相撲の中で琴櫻の右足が俵からほとんど出て親指一本でかかっている状態になったとき、時計係審判の位置にいた朝日山親方(元関脇琴錦)が、琴櫻の足が出たと見誤って手を挙げてしまい、これを見た行司の式守伊之助が軍配を挙げ、そこで琴櫻が力を抜いてしまった、ということだったようだ。
 
協議の結果、この相撲は「取り直し」ならぬ「やり直し」に。このケースは、平成24(2012)年の11月場所9日目、日馬富士-豪栄道(現武隈親方)の一番で日馬富士の足が出たとして勝負が止められたが出ておらず、やり直し(結果は日馬富士が勝利)になって以来13年ぶりのことだという。
 
ただそれでも「何があっても、もう一番取る、と決まったので、集中力は切らさずにいった」と、熱海富士の気持ちは切れることはなく、“やり直しの一番”では、琴櫻に二本差されながらも、腕を極めながらグイグイ出た熱海富士が文句なしの勝利。6人衆になった伊勢ケ濱幕内勢のこの日の勝ち越しを決めた。
 
熱海富士は、「勝てたからよかったです。それが一番」とホッとした表情だったが、「これからも、横綱についていくだけですから。そうして、部屋の伝統をつないでいかないと」という尊富士、「(横綱が)引退されても、指導をしてくださることに変わりはないので。現役のお相撲さんは、いい相撲を取っていくことが一番だと思います」という熱海富士と、これから伊勢ケ濱部屋の中心となっていくであろう2人のこの日の勝利を見ていると、「こうして横綱のスピリットは受け継がれていくのだなあ」と思わずにはいられない。もしかしたらそこにも、こちらの勝手な思い入れがあるのかもしれないが、それはそれでいい気もする。

文=藤本泰祐

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