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2025-02-14

【連載 大相撲が大好きになる 話の玉手箱】第26回「ミステイク」その5

名古屋場所で場所入りする白鵬。令和元年はお客さんの熱中症対策のため、関取衆は裏口から入場した

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春は、うっかり、が多い季節でもあります。
そう、物忘れ、言い間違い、取り間違いなどなどです。
日々、真剣勝負の大相撲界でも、緊張のあまりでしょうか。
意外にこのうっかりが多いんです。
もっとも、こちらは季節に関係ありませんが。
そんな、いけねえ、やっちまったよ、と頭をかきたくなる失敗談を集めました。
ま、笑ってやってください。
※月刊『相撲』平成31年4月号から連載中の「大相撲が大好きになる 話の玉手箱」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

運転手のミスで
 
どんな人間にも失敗はつきものだ。それを笑って許す度量があれば、きっと結果はうまくいく。
 
力士の場所入りにもさまざまな縛りがある。たとえば地方場所の場合、関取以上の力士は会場の正面玄関から入場することになっている。入り待ちをするファンへのサービスからだ。
 
平成28(2016)年名古屋場所初日のことだった。この日も気温が軽く30度を超す猛暑日で、もしかすると暑さボケもあったのかもしれない。白鵬(現宮城野親方)の乗ったクルマがファンの待っている正面玄関ではなく、幕下以下が出入りする裏口の関係者入口前に横づけした。運転手さんが不慣れで、うっかりミスをしてしまったのだ。
 
時間が切迫しており、もう正面玄関にまわる余裕はない。仕方なく裏口から支度部屋入りした白鵬は、

「久しぶりに若い衆になったような気分でした」
 
と苦笑いし、ミスった運転手さんを決して責めなかった。
 
このおおらかさがこの日の相撲っぷりにも表れた。土俵に上がると、場所入りで手間取った影響や、初日ならではのプレッシャーは微塵も見せず、西小結の髙安を力強く寄り切り、快勝。これが歴代1位となる横綱700勝目だった。足取りも軽く引き揚げてきた白鵬は、

「(横綱として)3年やれるか、5年やれるか、8年やれるかと思いながらすでに10年。ここまでやれるイメージはまったくありませんでした。横綱になるのは大変だが、守っていくのは倍の、倍の大変さがある。これからも710勝、750勝、800勝と積み重ねていきたい」
 
といつもよりも饒舌だった。
 
この結果に、最もホッとしていたのはミスった運転手さんだったに違いない。白鵬を乗せて宿舎に引き揚げるクルマの中には大きな笑顔が幾つも咲いていた。

月刊『相撲』令和3年5月号掲載

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