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2018-10-04

【System of Arthur Lydiard vol.5』 レースに向けた段階的トレーニング。 インターバル走を終盤に入れる理由

多くの五輪メダリストを育てた伝説的なランニングコーチ、アーサー・リディアード。彼のトレーニング理論をリディアード・ファウンデーションの橋爪伸也氏にひも解く。※『ランニングマガジン・クリール』2017年5月号から2018年4月号まで掲載された連載を再構成しました。

上の写真=三井住友海上の女子陸上競技部が2016年、米国ボルダーで合宿したときの一枚。渋井陽子(右から2番目)の左(同3番目)が、1972年ミュンヘン五輪金メダリストのフランク・ショーター 写真:リディアード・ファウンデーション

成果が出るプログラム

 有酸素能力の発達がすべての基礎となり、まずこの基礎づくりから始めるということは、当連載のこれまでの話でわかっていただけたと思います。ではなぜ、リディアードのトレーニング・プログラムの「ピラミッド」(左ページ参照)は、レース本番のピークに向けた順番や流れが決まっているのでしょうか。

 運動生理学などが世に知られていなかった時代。高校中退の中年ランナーにすぎなかったリディアードは、全く個人的な好奇心からトレーニング・アプローチの開拓作業を始めたのでした。すべてが試行錯誤で、うまくいって結果が出たものを組み合わせ、うまくいかなかった場合には次のシーズンを待ってやり直す――。こうした、気の遠くなるような作業を繰り返しました。

 結局、「リディアード法トレーニング」として確立するまでに、13年の年月がかかったそうです。それでも、完成したプログラムはことごとく理にかなったもので、何よりも「実践で成果が出る」トレーニングとして確立されたのです。

同じタイプの練習を繰り返していると、およそ4~8週間で頭打ちになってしまう。そこで、次の新たな異なる負荷をかけることによって、「ランニング能力」がぐんと高まる

有酸素ランから始める理由

 リディアード法トレーニングは、最初にゆっくり長く走ること、つまり有酸素ランニングから始めます。前回も記しましたが、有酸素能力を高めるということは、ハーハーゼイゼイと呼吸が荒くなるまでの境界線(スピード)がどんどん引き上がる(速くなる)、ということを意味します。

 例を出しましょう。キロ7分でトレーニングをする人が、1㎞×4のインターバルは5分半で走れるとします。そして有酸素トレーニングを重ねていくことで、キロ6分で走れるようになりました。そうなると、1㎞の反復インターバルを4分45秒で走れるようになります。しかもスタミナがついた分、4本で終わらずに5本まで繰り返せるようにもなることでしょう。

 つまり、有酸素の下地を築き上げることは、より速いスピード練習をより多くこなせるようになる、ということでもあるのです。また、有酸素能力は、その発達に時間がかかるものの、いったん築き上げたら維持が簡単という利点があるので、一番最初に鍛えるのです。

もう1つの下準備

 リディアード法トレーニングに異を唱える声のなかに、こういうものがあります。「長くゆっくり走るトレーニングから、急にインターバル走に移ると故障の原因になる」。

 実はその対策でもあるのが、「ヒル・トレーニング」(※詳細は次回以降に解説)なのです。このトレーニングは移行期として捉えられており、これもまだ「速く走る」ためのさらなる下準備です。
 先に例として挙げた人の流れでいくと、有酸素能力を高めたのち、ヒル・トレーニングによって脚力と脚の可動域を向上させます。ただそれだけで(頑張ってより速く走ろうとする努力なしに)、今度は1㎞のインターバルを4分20秒で走れるようになることでしょう!

 その域まで来てやっと(待ちに待った!)、インターバル走を組み入れます。ここまで読んでいただければもうおわかりと思いますが、プランの当初からプログラムに取り入れられたインターバル走と、速く走れるための下準備(有酸素ラン→ヒル・トレーニング)を行った上で取り組むインターバル走とでは、その効果が全く違ってきます。

 つまり、トレーニング開始から3~4カ月近くは、より効果的なインターバル走ができるようになるための土台づくりといえます(そう解釈していただいても、間違いではないでしょう)。インターバル走によって鍛えられる無酸素能力やスピードは、短期間(4~5週間)でピークに達するので、プログラムの後半にもってきます。

最後にブレンド&調整

 さて、本番のレースになると、走って休んで走って休んで…といった「インターバル」的な展開ではなく、ある一定の速いペースでスタートからゴールまで全行程を走り続ける、という状況になります。ここまで来たら、有酸素能力、無酸素能力、そしてある程度のトップスピードの発達がなされているはずです。

 最後の準備として、それらの要素をすべてブレンドして、「コーディネーション」する必要があります。本番のレース前に約1カ月間をかけて、本格的なレース仕様の練習を行うのです。

 生理的な能力の発達は、だいたい4~8週間でピークに達して頭打ちになります。そのピークになった時点で次の能力を鍛えるトレーニングをすることで、あたかもターボチャージされるように、「ランニング能力」が飛躍的に上昇していきます(右下の表参照)。

 アメリカでは、リディアードのピラミッドに便乗して、「違った形のピラミッドでもトレーニングができます(例:逆ピラミッドでスピードから始める)」といった類いの方法論も出回っています。
 理論としては面白いかもしれませんが、リディアードは、しかるべき順番でトレーニングを重ねていくことの理由をハッキリと明示しており、それは生理学的に見ても「正しい順番」なのです。

 だからこそ、インテリで有名な福岡マラソン4連勝のフランク・ショーター(アメリカ)をして、「(リディアード・トレーニングは)存在し得る最も論理的なトレーニング」と言わしめたのです。   (敬称略)

アーサー・リディアード
1917年ニュージーランド生まれ。2004年12月にアメリカでのランニングクリニック中に急逝。50年代中頃、「リディアード方式」と呼ばれる独自のトレーニング方法を確立した。その方法で指導した選手が、60年ローマ五輪と64年東京五輪で大活躍。心臓病のリハビリに走ることを導入した、ジョギングの生みの親でもある。

著者/橋爪伸也(はしづめ・のぶや)
三重県津市出身。1980年からアーサー・リディアードに師事。日立陸上部の初代コーチを経て、バルセロナ五輪銅メダリストのロレイン・モラーと「リディアード・ファウンデーション」を設立。2004年以降はリディアード法トレーニングの普及に努めている。現在は米国ミネソタ州在住。

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