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2018-10-19

【Playback】 突撃! 研究室訪問 第10回 鳥居 俊准教授

Playbackシリーズ「突撃! 研究室訪問」第10回は、早稲田大学スポーツ科学学術院・鳥居俊准教授の研究室に突撃!
スポーツと健康の関係に迫った。
※本稿は『コーチング・クリニック』の連載「突撃!研究室訪問」第21回として、2012年9月号に掲載したものを再構成したものです。

「予防」の重要性

 
1987年、早稲田大学創立100周年記念事業の一環として開設された、早稲田大学所沢キャンパス。緑に囲まれた自然豊かなキャンパスは、人間科学部とスポーツ科学部の学生の学舎だ。今回訪れた鳥居俊先生の研究室も、そのなかにある。

 整形外科医であり、スポーツドクターでもある鳥居俊先生の、主な研究課題の1つが外傷・障害の予防。その根底には「ケガを治すだけがスポーツドクターの仕事ではない。急性外傷、慢性障害、内科的な疾患もすべて含め、スポーツの現場で健康トラブルが起こらないようにするためにはどうしたらいいかを突き詰めることが必要」という考えがある。

 そして、現在進めている運動器の発育発達に関する研究も、やはりケガの予防、健康増進がキーワードとなる。子どもの体力低下が叫ばれるようになって久しい。そんな現代の子どもたちの運動器について現状を知ろうと、鳥居先生の研究室では日々研究や調査を行っている。

「まずは、一般的な子どもたちの年齢に応じた運動器の量的な変化、質的な変化をデータで捉えて、次にスポーツ活動をしている子どもたちがどうなのかを見ていきます。そうすることで運動することのメリット、もしかしたらデメリットもあるのかもしれませんが、それらを明らかにしていくのです。どういう時期に、どういった種類の運動をすれば、どの運動器がよりたくましくなるのか。その答えを出すことができればと思っています。

 最終目標は、高齢化社会を生き抜く運動器をつくること、でしょうか。高齢化社会の現代においては、運動器を80年から90年ほど長もちさせる必要があります。そう考えたとき、運動器をたくましくできる成長期の間に、どのような生活を送れば強くて長もちする運動器をつくることができるか――そういうことも研究していくべきだと思うのです」

 成長期の子どもたちの身体組成や体力測定、生活調査をするなかで見えてきたことがある。生活習慣の乱れだ。睡眠時間の減少や朝食欠食など、子どもの生活習慣は、望ましくない方向へ進んでいる傾向にある。

「たくさん運動する子どもと、ほとんど運動しない子どもで、運動習慣が二極化しているという話はよく聞くと思います。二極化の平均値を見て『体力が低下した』というわけですが、各競技で中高生の日本記録が塗り替えられている点を踏まえれば、平均値が下がっているということはつまり、体力レベルの最低値も低くなっていると想像できます。

 その原因として、生活習慣も二極化していることが考えられます。運動もしなければ、食生活も偏っていて、さらに睡眠時間も短いようでは当然いい身体はつくれません」

成長期特有のケガの追求

 現在、鳥居研究室で運動器の発育発達に関する測定を実施しているのは、陸上競技、野球、サッカーの3種目。年に2回、多いチームでは年4、5回の測定を行う。その測定項目は身体組成検査、血液検査、各種体力テスト、POMS(気分プロフィール検査)など、競技に応じて異なる。

 サッカーをする子どもたちには、新たな試みとして腰部のMRI撮影を導入した。小学生の終わりから中学生の初めにおいて、腰椎分離症を発症するケースが非常に多かったためだ。スクリーニング的にMRI撮影を行うことで、早期発見につなげ症状の進行を防ぐこと、それから、分離症の人とそうでない人とで何が異なるのか、どういう人が分離症になりやすいのかを洗い出すこと、を狙いとしている。

「腰椎後方で骨が割れた状態になるのですから、骨が弱い時期に起こりやすいと思われていたのですが、実はそうでもない。それよりも腰にかかる負担が大きくなったときに起こるので、動作自体の問題、あるいは脚の筋肉が硬いために腰に余計な負担がかかることが原因と考えられそうです。くしくも、脚の筋肉が最も硬くなるのが中学生の時期、それも13~14歳頃と時期も一致するので、今はそこの関連性を明らかにしようとしています」

 野球の場合は、野球肘をいかに減らすかが課題になるが、投げすぎに配慮しているチームでは、その症状が出にくい。一方「とにかく練習!」というチームや試合数の多いチームには症例が多いことがわかっている。これについて鳥居先生は「指導者の良識の問題」と指摘。

「ケガをしても指導者が責任を取るわけではありません。けれども野球肘を患った結果、一生肘が真っすぐ伸びない子がいるのが現実。野球肘に限らず、日常生活に支障を来すケガをしてしまう子がいるのです。試合に勝つことしか考えず、勝利のために痛みを我慢させる。そういうことを指導者がやってしまったら、その犠牲になるのは子どもだということを忘れないでほしいですね」

オールワセダでの調査

 今後の目標は、早稲田大学のOB・OGを対象に、継続的な運動習慣が健康にいかなる影響を及ぼすのかという大々的な調査研究を始動すること。

「ハーバード大学では同様の調査が長年行われていて、継続した運動習慣がある人は生活習慣病にかかりにくいことがわかっています。日本の大学ではこうした調査の前例がなかったので、ぜひ調査してみたいんです。2000年頃に一度、体育会のOBに協力してもらい、学生時代に負ったケガが、その後の運動や日常生活に影響を及ぼしているかどうかを調べたことはあるので、今度はオールワセダでやりたいですよね。

 体育会に所属していたけれど、卒業後にパタッと競技をやめてしまった人よりは、体育会出身ではないけれど、今も継続的に運動をしている人のほうが健康状態はいいかもしれません。運動だけが健康によい影響を及ぼすわけではありませんが、適度な運動の継続がいかにその後の生活に好影響を及ぼし、長寿につながるかは興味深いところです。

 もし実現できたなら、データを集めるだけでなく、追跡調査もしたいと考えています。例えば30代の人たちが50年後、今の80代の方々と同じ健康状態にあるとは限りませんから」

 継続的かつ「オールワセダ」という壮大な研究のプランを、うれしそうに語ってくれた鳥居先生。運動習慣でいえば、鳥居先生自身も元陸上競技選手であり、現在もランナーとしての一面をもつ。多くの学生がスクールバスを利用して通学するなか、バスのそばを颯爽と駆け抜けていく鳥居先生の姿は、もはや見慣れた光景となりつつある。

「この年になれば無理は禁物ですが、自分のペースでこれからも走り続けていくつもりですよ」

 年齢を感じさせない機敏な動きとスマートな体型は、継続的な運動習慣の効用を自ら立証しているといっていいだろう。

当時のゼミ生と

Profile

とりい・すぐる

1958年、愛知県生まれ。東京大学医学部卒業後、同大学整形外科学教室に入局。静岡厚生病院、都立豊島病院、虎の門病院での勤務を経て東大病院助手、東芝林間病院整形外科部長を歴任。98年、早稲田大学人間科学部スポーツ学科助教授に就任。2003年より現職。専攻分野はスポーツ整形外科、発育発達学で、運動器の発育発達、運動器障害の予防、身体活動と骨代謝、身体活動による健康増進などをテーマに研究指導を行う。日本体育協会公認スポーツドクター、日本陸上連盟科学委員および医事委員。

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