さて皆さんは、キーパーとはどのようなポジションだと認識していますか?
キーパーはチームにいる11人のうちの1人です。しかし、特別な能力が求められるポジションだと私は思っています。ピッチ内で唯一、手を使えるポジションであり、さらにチーム内に専属のコーチがいて試合にも帯同するポジションという事例を挙げるだけでも納得していただけると思います。
ヨーロッパにはストライカー・コーチと呼ばれるコーチやヘディングを専門に教えるコーチが育成組織にいるクラブもあります。しかし、トップチームの練習にも毎日参加し、試合時にはベンチにも入るコーチはポジション別で見ればキーパー・コーチだけです。ですから、キーパーはそれだけ特別なポジションであるということを指導者の皆さんには認識してほしいと思っているのです。
ではなぜ、キーパーは特別に扱われるのでしょうか? 私はキーパーに与えられる仕事の重要性がほかのポジションよりも高いからだと思っています。ほかのポジションも大切なポジションだということを前提で話していますが、キーパーほど、勝敗を左右するポジションはないでしょう。「キーパーのプレーほど、勝ち点に影響を与えるプレーはない」と言い換えてもいいでしょう。
前マンチェスター・ユナイテッドのジョゼ・モウリーニョ監督はかつて「キーパーの出来によって、1年間での勝ち点が10も違う」と言っています。キーパーの活躍が目立つチームが良いと言っているわけではありません。試合中に限らず、長いシーズンの中には「勝負時」と言える場面や期間が少なからずあります。この「勝負時」にしっかりとしたプレーができるキーパーがいるのといないのとでは大きく違うと言いたいのです。その点をモウリーニョ監督も強調したのだと思います。
次に「日本とドイツのキーパーに対する価値観の違い」について話していきましょう。
キーパーというポジションの役割が「ゴールを奪われないこと」、これは世界共通の認識だと思います。その点は、日本もドイツも同じと言えます。しかし、「キーパーの取り扱い方」が大きく異なっているのです。
ドイツでは、キーパーの指導法をきちんと学んだキーパー・コーチが育成年代のキーパーを指導するのが当たり前になっています。そしてドイツの複数のクラブでは、トップとアカデミーをしっかりと結びつけ、選手の年齢に応じた段階的な指導コンセプトをつくり上げています。また、指導現場にも立つキーパー部門の統括部長やコーディネーターという肩書の指導者を設けたりしています。これからは日本でも、「キーパー部門の統括者」のような地位にいる人物がキーパーの育成においてとても大事な役割を担っていくと思いますが、現時点では「キーパー部門の統括者」が練り上げたコンセプトをベースにしてキーパー・コーチが選手を指導しているのかそうでないのか、それが育成年代におけるキーパー指導の日本とドイツにおける違いの1つだと思っています。
では、日本とドイツにおける育成年代のキーパーを比べてみましょう。
日本のキーパーよりも、ドイツのキーパーはシチュエーションごとに発揮すべきプレーが整理できていると感じています。結果、どんなシチュエーションでも落ち着いてプレーでき、ドイツのキーパーは大きなミスを起こしにくい印象を持っています。
一方、日本のキーパーはどうでしょうか? 日本のキーパーは器用な選手が多く、足でボールを扱う技術やディストリビューション(配球)の技術は高いと思っています。セービングの姿勢がきれいな選手が多い印象もあります。しかし、シチュエーションごとに発揮すべきプレーが整理できていない気がします。そのため、無駄な動きをしたり、簡単な判断ミスやポジショニング・ミスによって失点したりしています。
また、キーパーを取り巻く環境の違いにも触れておきたいと思います。例えば、メディアにおけるキーパーの取り上げ方も随分、異なります。
日本の地上波で放送されるJリーグやヨーロッパの主要リーグのハイライト映像は、得点シーンを切り抜いたものを見せることが多いように思います。キーパー目線でこの状況を見ると失点シーンだけが流れていることになります。 一方のドイツでは、昼に試合が行なわれた場合には夕方のニュースで試合の模様が流れ、各試合の得点シーンだけでなく、ゴール前のチャンス・シーンも含めた長めのハイライト映像が見られます。チャンス・シーンではキーパーがシュートを止める場面が多く使われ、実況の担当者や解説者がキーパーのプレーを褒めるのです。
ハイライト映像などでキーパーが活躍する場面を数多く見ているドイツの育成年代の選手や保護者には、キーパーのプレーの素晴らしさが十分に伝わっていると思います。そんな環境の中で生活していると育成年代の選手はキーパーとしてプレーする喜びを持ちやすくなると思います。
このように、日本とドイツではキーパーを取り巻く環境が大きく異なっているのです。こうしたキーパーに関する取り扱い方の差が育成年代、そしてトップレベルでのキーパーのプレーの質の差となって少なからず表れているのではないかと思います。
続いて、「今後(現在)求められるキーパーの理想像」を考えていきたいと思います。
まず、これからのキーパー育成を考える前に現代サッカーの潮流を明らかにし、キーパーに求められる能力を理解しましょう。
現代サッカーの潮流は、試合を見たときの大まかなイメージではつかめず、具体的なデータを収集、分析してあぶり出すべきものです。さらに、データから求められるアクションを知ることが大切になります。その上で私は、キーパーのアクションを以下の3つに分けて考えています。
1:ゴール・ディフェンス
2:スペース・ディフェンス
3:オフェンス・アクション
この3つのアクションの詳細は下の表を見てください。
2018年のロシア・ワールドカップにおけるキーパー・アクションを3つに分け、そのプレー数の割合を算出しました。すると、「ゴール・ディフェンス」が11パーセント、「スペース・ディフェンス」が14パーセント、「オフェンス・アクション」が75パーセントとなりました。
印象と異なる点もあるのではないでしょうか?
私は、こうした現代サッカーの潮流を知り、それを日頃の練習や育成方針に落とし込むことが指導者の役割だと思います。育成の指導者はサッカーの潮流に常に敏感でなければいけません。
現代サッカーは10年前のサッカーに比べると、大きく変化しています。とりわけ、「スピード・アップ」は顕著な傾向だと思われます。速く走れる選手が多くなり、しかもプレーの判断スピードとパス・スピードも向上しています。クロスの精度やスピードも昔とは比べものにならないくらいに進化しています。また、ビルドアップ時にキーパーを起点にしたり、経由したりするチームが増えてきました。そのため、キーパーがボールに関わる頻度も高くなったと思います。そうした変化が先ほど紹介したキーパー・アクションの割合に反映されているのでしょう。
しかし、「高速化」や「キーパーのビルドアップへの参加」といった変化がある一方、変わらないものもあります。例えば、「『ゴール・ディフェンス』が勝敗を最も左右するアクションである」という点もその1つです。たとえプレーの割合が低いにしても、今も重要な分野なのです。
ドイツの地上波ではかなり昔のブンデスリーガの試合が再放送されていたりします。それを利用して、1990年代初めのキーパーとロシア・ワールドカップなど、最近の世界大会で活躍した現在のキーパーを比べてみました。すると1つの現象に気づきました。ゴール・ディフェンスの重要性は変わらないものの、ゴール・ディフェンスのアクションが明らかに改善されていたのです。その理由の1つに、十分な知識を持ったキーパー・コーチが増えたことが挙げられるでしょう。
そして比較する際、私が最も注目したのはゴール・ディフェンス、特に「『1対1』のシチュエーション」です。と言うのも私は、「『1対1』のシチュエーション」におけるゴール・ディフェンスのアクションの出し方が、良いキーパーと良くないキーパーを見分ける目安になると思っているからです。その考えは私の指導にも反映されています。
サッカーの変化とともに重要度が増しているのが「スペース・ディフェンス」です。
現代サッカーでは、ディフェンス・ラインを高くして陣形をコンパクトにするチームが多くなりました。チームとしてディフェンス・ラインを高くした際、ディフェンス・ラインの背後に生まれるスペースをキーパーがカバーできれば、フィールド・プレーヤーの負担を軽減できます。その価値は小さくありません。ですから、スペースのカバーだけでなく、クロスへの対処も含め、スペース・ディフェンスの重要性は高くなっているのです。
一方、丁寧にビルドアップするチームが増える中、「オフェンス・アクション」では、さらに質の高いプレーが求められていくでしょう(下の図)。そしてオフェンス・アクションの質を向上させるには「基本技術」だけでなく、「サッカー・インテリジェンス」、「攻撃時のグループ戦術」といったものにキーパーは磨きをかけなければいけないのです。
さて、キーパーの3つのアクションのうち、ゴール・ディフェンスとスペース・ディフェンスは「<1>準備→<2>アプローチ→<3>アクション→<4>リカバー」という4項目から成り立っていると考えています。各要素を解説していきましょう。
「<1>準備」=相手の状況に応じた最適なポジショニング
「<2>アプローチ」=アクション前段階の体勢を低くしたり、タイミングをとるなどの細かな動き
「<3>アクション」=「1対1」でのブロック、セービング、クロス対応など
「<4>リカバー」=アクション後の状況変化(こぼれ球やキャッチング後のディストリビューションなど)への対応
ディフェンス・アクションの4つの流れを「ゴール前でのシュート・ストップ」の状況で説明すると、以下のようになります。
<1>ボール保持者がシュート体勢に入る少し前に「準備」
<2>ボールが飛んで来る瞬間に「アプローチ」
<3>飛んで来たボールに対して「アクション」
<4>ボールを弾いたなら、すぐに起きて体勢を立て直す「リカバー」を行なう(その後、<1>「準備」に戻る)
私は、<1>から<4>という一連の流れを習慣とし、練習や試合において意識せずにできるようになってほしいと考えています。そして、「良い習慣」というものはすべてのディフェンス・アクションに良い影響をもたらします。ですから、どのようなキーパー練習を行なうときにも「習慣化できているか」を注意して見なければいけません。良い習慣を育成年代で徹底して身につけさせることが重要なのです。とは言え、特にジュニア年代では、キーパーのディフェンス・アクションを試合でなかなかうまく発揮できないことのほうが多いということも覚えておいてください。それもあり、指導者は選手が練習で良い動きができているかどうかを焦らずにしっかりと確認しましょう。
文/川原元樹(FC岐阜・GKコーチ)
川原元樹(かわはら・もとき)/1984年5月15日生まれ、京都府出身。大学卒業後にドイツへ渡り、GKとしてドイツ6部リーグでプレー。指導者に転身後はアルミニア・ビーレフェルトとハノーファー96で指導した。2013年から松本山雅FCのユースアカデミーでGKコーチ、17年からFC岐阜のGKコーチを務めている
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