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2019-01-25

ノートに記録し、育成に活かす。 新潟明訓・監督のデータの取り方

2018年度の『全国高校サッカー選手権大会』出場は逸したが、『プリンスリーグ北信越』を見事に制した新潟明訓高校(新潟県)。14勝3分け1敗、しかも41得点10失点だった。新潟明訓を率いる田中健二・監督は、試合に向けての準備や振り返りにノートを活用している。時代の流れとともにデジタル化させる指導者も多いが、ノートを使うことに対するこだわりを聞いた。
(出典:『サッカークリニック』2019年1月号)

メイン写真=2018年度の『プリンスリーグ北信越』において、シーズンを通して安定した戦いを見せて優勝を果たした新潟明訓高校 写真/安藤隆人

ノートを使った『予習』で試合に準備

――ノートに書き込むのはどのようなときですか?

田中 基本的には1試合につき見開き2ページという構成です。1ページ目(左ページ)は練習試合を含め、試合に向けてテーマを持って臨めるようにするのが基本目的になります。そのため、試合前の週に実施したこと、伝えるべきこと、選手に伝えるべきコンセプトを書き込みます。2ページ目(右ページ)は試合中に使います。試合中に気づいたことを次々に書き込みます。
 2018年度では、左ページの上部にスコア、その下にメンバーと控えメンバーの名前、そして得点の時間とパターンを書いています。さらに下段には今年のテーマである「裏と前を取らせない」、「ボールを越えて行け」などを書き、最下段に対戦相手に対する守備と攻撃ですべきこと、相手の攻略ポイントなどを記します。例年同様、右ページは試合中にいろいろと書き足します。
 試合で気づいた点だけをノートに書き込む方法もあると思います。しかし私の場合、事前に自分の考えや思い、そして伝えたいことなどをまとめておかないと、試合中に照らし合わせることができず、ゲームを見るときの焦点がずれてしまうのです。私がフォーカス・ポイントを絞って伝えておかなければ、試合中に発生した事態に対して「想定内」、「想定外」ということの判別が困難になるとも感じています。仮に試合中の私が迷っていれば、その迷いはベンチや選手に伝って試合運びを難しくしかねません。そうした状況を避けるために「試合前ノート」をつくっているのです。一方、想定内を設けることで、想定外の事態に遭遇した場合に「次週のテーマとして取り組もう」、「次にこのチームと対戦するときに意識しよう」という発想を得られます。

――試合前、試合中に分けて活用しているのですね。

田中 左は事前の策、右は実際の出来事と分け、それを積み重ねることには価値があると感じています。特にリーグ戦では重宝します。「次の機会にはこうすれば打開できるかも」という発想はとても貴重なものです。私はまだまだ経験が浅く、「試合を見る目」において改善の余地があると感じています。ですから、事前の準備が欠かせません。学校での勉強と同様、「予習」が必要なのです。

――予習と復習という考え方は斬新です。

田中 試合中に書き込んだことに関してはハーフタイムや試合直後に選手へ伝えるようにしています。また、項目ごとに色分けして記入しています。「この選手はこの部分を指導したい」などの個人に対する項目は緑、グループに関することは青、そして新出の問題や重要課題は赤で書きます。以上の項目に当てはまらないことや個人的な感想は黒で記します。

――近年はデバイスを用いたり、アプリを用いたりしてデジタル化させている指導者も多いように感じています。

田中 私も、iPadやマックブックなどを持っていますし、試合の映像も編集などして残しています。「選手に落とし込む」というシーンでは集めたデータや自分の考えなどをデジタル化して伝えることもあります。
 しかし、自分自身への蓄積を考えた場合、手で書くという行為が非常に大切だと感じているのです。個人的なことですが、書く行為は脳を活性化させ、自分を落ち着かせ、さらに記憶に残りやすいと感じているのです。また、コンピューターの文字は書いたときの感情を表現できません。振り返るときに自分の文字を見ると、「このときは落ち着きを失っていた」などと感じられます。そうしたこともあり、最初に赴任した県立高校時代から18年間以上、ノートに書き続けています。
 また、試合で負けているときに何も書かれていないケースがあります。そういうノートを見ると、ノートを手放してテクニカル・エリアに出て指示を出し続け、ハーフタイムに的確な指示を出せなかったということが思い出せたりします。すると、「(こういう姿勢が)いい影響を選手に与えられるはずがない」と痛感させられます。それはそれで自分自身を見直すいい機会だと思いますが、いかなる状態でも落ち着きを失わず、ペンを動かし続けられる指導者になりたいと思っています。

――書かれていない部分にも意味があるのは興味深い話です。

田中 いろいろと感じる部分です。ある意味、ノートに書き込む余裕が私にあるのは選手と私を含めたチームが機能しているということだとも思うのです。一方、ノートに書き込む余裕もないような状態はチームが酸欠状態と言うか、呼吸も難しい状態に陥っているのかもしれません。「ブランク」もチーム状態を推し量るバロメーターと言えるのです。

田中監督が使っているサッカーノート 写真/安藤隆人

1試合につき見開き2ページを基本とし、左ページで「予習」」をする 写真/安藤隆人

文字を通じて当時の感情を思い起こす

――2018年度のノートには「NO FOUL(ノー・ファウル)」というフレーズが書き込まれています。

田中 今年度に限らず、選手に常に訴えていることです。教員や指導者である以上、「フェア・プレーの精神」を指導することは必要不可欠です。
 ファウルを絶対にしないのはかなり難しいですが、悪質、かつ不用意なファウルをせずに勝利を求めることはとても大切です。そうしたファウルをするのは後手を踏んだ選手が多いと言えます。また、そうした選手は「ボールの奪い方」がうまくなく、多くの場合、「ボールの失い方」もうまくありません。同時に、ファウルをする選手はそうした技術と判断力が乏しいのです。私は、駆け引きで負けてファウルをするのは避けるようにしてほしいと考えています。
 一方、「ノー・ファウル」が選手から激しさを奪ってはいけないとも思っています。FCバルセロナの黄金期を築いたジョゼップ・グアルディオラ監督(現在はマンチェスター・シティ)は「サッカーの美しさは体と体がぶつかり合う音にある」と言っています。そうした激しさの中からバルセロナの美しいサッカーは生まれているのです。ですから新潟明訓でも激しさは求めています。とりわけトレーニングでは、失敗してもいいので激しさとトライを求めています。そして「ノー・ファウル」を実行できるためにノートに記した実戦のプレーを解説します。
 避けられたファウルや不用意なファウルが試合で見られた場合、トレーニングでもしっかりとフィードバックします。そのポイントが「いつ、どこで、状況は?」という問いかけです。「本当にその状況ですべきプレーだったのか?」を突き詰めます。
 激しさを求めながらノー・ファウルを求めることに矛盾を感じる方がいるかもしれません。しかし私は実現可能だと信じています。ですから、選手たちにそのバランスのとり方をしっかりと伝えていきたいのです

――ノートを書き続けた時間は監督にどのような影響を与えましたか?

田中 今回の取材依頼を受けてから、過去のノートを見返しました。新潟明訓に赴任した当初のノートは、対戦相手の名前、スタメンとスコア、そして分析が少々、という感じでした。それに比べると、現在はある程度の形ができ上がった、と言えそうです。
 見返して思ったことがあります。それは、「20代前半の頃から不格好でも書いていたからこそ、自分の変遷が感じられ、それは重要」ということです。「そういうことを感じて書いたな」と当時の感情まで蘇り、あらためて自分の財産だと感じました。これからも書き続けていこうと思っています。
 私自身は、ノートは自分のために必要なものであり、自分を振り返るためのツールだと思っています。同時に、サッカーノートを書いている選手たちに模範を示したいという思いから書いている部分もありますし、選手との面談などで的確なアドバイスを与えるためにも役立てています。

写真/安藤隆人

前日練習を活用してプリンスリーグ制覇

――2018年度は『プリンスリーグ北信越』(14勝3分け1敗)を制しました。

田中 コンバートも積極的に行ない、個人の良さを引き出すことをメインテーマに据えて挑戦しました。そのチームづくりの方針は「11分の1のつながりを強固にするアプローチ」と表現できるかもしれません。意思疎通の精度を選手たちが上げてくれた成果と言えそうです。
 今年度は試合の前日練習の過ごし方を重視しました。前日ですから肉体的な負荷はさほど与えませんが、頭脳に負荷を与えるようにしたのです。私がノートに書き込んだ相手の出方に基づいて、選手たちの頭の中を整理できるトレーニングを行ないました。その結果、試合当日になっても選手たちが浮足立つことが減り、対戦相手に対応しながら個々が発想を発揮してくれたと感じています。

――ノートの活用法はほかにもありますか?

田中 試合中はもちろん、練習中にもノートに書き込むことでチームに必要なトレーニングに気づくことがあります。思いついたトレーニングはノートに書き残すようにしています。現在の新潟明訓においてスローインのトレーニングを十分に行なうようになったのは、ノートを通じてスローインの重要性に気づけたからです。
 かつて、スローインからボールを失ってカウンター・アタックを受けるシーンを試合中にたびたび見かけることがあり、それをメモしておきました。また、スローインを得たのに相手にボールを奪われ、それまで続いていたいい流れを失ったこともありました。目撃したり、ノートに書いていたりしているうちにスローインに注目するようになったのです。
 すると、スローインから多く失点する学年を指導することになりました。しかもハーフウェーライン近辺でのスローインからです。詳しく分析すると、一つの要因としてスローインとは逆サイドでの守備が疎かになっていたことが分かりました。これは大きな収穫でした。
 新潟明訓では1試合あたり30から35回くらいのスローインがあり、そこでのミスを見逃す手はありません。「しっかりした状態でのスローイン」や「素早く行なうスローイン」といったトレーニングを組み込みました。すると、スローインを優位に進められるようになったのです。また、当たり前なのですが、相手ボールになるスローインは切り替えの意識づけにもなると再認識できました。現在は、4対4や5対5でもしっかりとスローインを行ないます。

――田中監督はうまくノートを活用していると感じました。

田中 今後も、ノートの活用術や活用の幅を増やしていきます。その試行錯誤と積み重ねられたノートも指導者としての厚みを増してくれると感じているからです。またそうすれば、選手たちに私の思いを明確に伝えられるようになり、選手の成長に貢献できると思っています。

(取材・構成/安藤隆人)

新潟明訓高校の練習メニュー紹介

練習(1):「『3対3』+『3対3』」

図1

図2

進め方:GKが守るゴールを2つ設置した通常のフィールドを2つに分割し、「『3対3』+GK」を2つつくる(オフサイドあり)。ボール保持チームの1人だけ相手陣内に入れる。なお、アウト・オブ・プレーになった場合、コーチの配球でリスタート(どちらのチームに配球してもいい)
ポイント:(1)攻守の切り替え。(2)クロスに対する入り方。(3)サイドの突破。(4)スピードの変化

練習(2):「移動する『5対3』+6フリーマン」

図3

図4

進め方:グリッド(40m×40m)を2つに分けてグリッド内で「5対5」を行ない、6人のフリーマンがグリッド外からボール保持チームをサポートする。ただし、ボール保持チームが「5対3」と数的優位になるように選手を配置し、守備側の2人は異なるエリアに入る(ボール保持チームはエリアを移動しながらポゼッション。異なるエリアにいるフリーマンにパスしてエリア移動してもいい)。攻守の切り替えが発生した場合、ボールを奪ったチームは異なるエリアにいる味方へパスして移動(「5対3」にする)
ポイント:コントロールと良い準備からの判断

練習(3):「スローインからの対人」

図5

進め方:GKが守るゴールを設置したハーフコートを使用。場所を変えながらスローインで対人(「1対1」~「4対4」)をスタートする。なお、数的同数でうまく流れない場合、スローインした選手も攻撃に加わって数的優位にしてもいい
ポイント:(1)守備側の選手はスローインする選手とマークする選手を同一視野に収めるようにポジショニング。(2)攻撃側の選手はボールの受け方とポジショニングを意識し、展開もイメージしておく。(3)素早く行なう

指導者プロフィール

田中健二(たなか・けんじ)/1977年生まれ。新潟明訓高校から順天堂大学に進み、大学卒業後に教員となる。新潟県の水原高校や新発田南高校のサッカー部で指導したあと、2008年より新潟明訓高校サッカー部の監督になり、現在に至る。10年に日本サッカー協会公認A級コーチ・ライセンスを取得。11年にはインターハイのベスト8に同校を導いた。18年は『プリンスリーグ北信越』で優勝

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