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2018-06-20

全国大会常連校を苦しめた 日本文理の「前進」の秘密

2017年度は、インターハイと全国高校サッカー選手権大会で初出場を決めた新潟県の日本文理高校。中でも選手権では躍進し、1回戦で立正大学淞南高校(島根県)、2回戦で旭川実業高校(北海道)、3回戦で岡山県作陽高校(岡山県)と、全国大会常連校を3連破し、県勢過去最高成績に並ぶベスト8入りを果たした。
どの試合も前への推進力を弱めず、相手を苦しめた日本文理。12年から指導にあたる大橋彰ヘッドコーチに、ボールを前へ運び、ゴールを目指すための、「効果的な前進」の指導法を聞いた。
(出典:『サッカークリニック』2018年5月号)

上のメイン写真=2017年度の全国高校サッカー選手権大会を終えて新体制となった約1カ月後、人工芝のグラウンドでトレーニングを行なっていた日本文理高校
写真/BBM

後悔するくらいなら
フライングしてもいい

――前進する力を高めるキーワードとしては何がありますか?

大橋 認知スピードです。もちろん、高校サッカーにおいてはシンプルに走る速さも「いい前進」には欠かせません。いろいろな「スピード」があると思いますが、「今、何をすべきか」、「今、どこに走るべきか」といった部分を認知するスピードが重要です。
 細かく言えば、「ボールを奪うまでの認知スピード」、「ボールを奪ってからの認知スピード」などが挙げられますが、多少はフライングして動いてもいいと思っているくらいです。

――「フライング」について詳しく教えてください。

大橋 「ボールを奪ってからの認知スピード」で言えば、奪ったあとに自分たちの攻撃体制が整ってから動き出すのでは遅い可能性があります。「この選手であれば突破できるかも」、「このタイミングなら行けるかも」といった「ヤマをかける感覚」で少し早めに動くことが大事だと思っています。フライングして動くことで、守備側のポジション・バランスを崩し、迷いを生じさせることができると思うのです。

――フライングする判断もなかなか難しそうです。

大橋 そうかもしれませんが、チャレンジしてほしいと思います。行かなかったがために、結果的には行ったほうが良かったというミスは可能な限りしてほしくないと思っています。

――認知スピードはどうしたら高められますか?

大橋 トレーニング自体で変えられるものと、トレーニング以前に変えておかなければいけないものがあります。
 まず、トレーニング以前に変えておきたい点としては、端的に言えば「勝ちたいのか、勝ちたくないのか」といった点についてです。具体的には、「目標は何か」、「どんな選手になりたいか」、「どんなチームにしたいか」が挙げられます。そのために学校生活や家庭生活を送り、いい習慣を身につけた人間が集まったチームこそが、トレーニングの幅を広げると思います。トレーニング以前の準備をしている選手たちの集まりでないと、全国で勝ち上がるのは難しいと思っています。

――ピッチ外での振る舞いも重視しているのですね。

大橋 日頃の習慣がピッチ上に表れると思っています。しっかりとした生活を送れている選手がトレーニングにいい変化をもたらし、実戦的なものにしてくれるからです。「目標がない」、「勝てないと思っている」などといった気持ちの選手には何をやらせても無駄だと思います。例えば複数あるメニューに臨むにあたり、目的をしっかりと理解できる高い人間性がないとうまくいきません。「日本文理はこのようにして試合に勝とう」という心構えだけは、少なくとも選手たちにしっかりと伝えるようにしています。

――では、前進に必要だと話す認知スピードは、どのようなメニューで高めていますか?

大橋 スペースが広くて人数が少ない状況であれば当然、認知スピードは上がります。難しくないからです。ただし、その状況のメニューだけでは試合に勝つことはできません。やはり、難しい局面を設定して行なわなければいけません。例えば、狭い局面で、インテンシティーの高い中で行なう「1対1」はいいでしょう。
 基本的な「2対2」や「3対3」もプレッシャーがかかるため、いいと思います。ただし、プレッシャーがあって自分のプレー・エリアが狭い中でも、周囲を見てプレーするのはできなくはありません。そこで求めたいのは、相手の考えを読み解くことです。「相手は何をしたいのか」、「どう守ろうとしているのか」などを、「2対2」や「3対3」を通して瞬時に分かってこそ認知スピードは高まるのです。
 「現代サッカーは時間とスペースがない」とよく言われますが、しっかりやれる選手は自分のプレー時間をつくることができます。狭いグリッドの中で、攻守の切り替えが発生するメニューなどで、認知しなければいけない瞬間を数多くつくりたいと思っています。
私が認知スピードを高めたいと思ったときは、見るべき要素、考えるべき要素、相手の頭の中を覗かなければいけない要素などが、瞬間的に発生するようなメニューをすることが多いと思います。

――今日の取材でも「3対3」を行なっていました。

大橋 攻守の切り替えを重視していました。試合に近い状況で行ないたい気持ちもあり、試合で求められるスピードやコンタクトに慣れてほしいとも思っていました。やはり、それらに慣れないままだと多くのものを見られません。感じ方は人それぞれですが、前進するための認知スピードを上げていくことは、今日に限らずテーマとして常に持っています。

2017年度の全国高校サッカー選手権大会でベスト8に入った日本文理高校 写真/佐藤博之

2つのポイントが
相手の守備を迷わせる

――また、「前進」に関するメニューの一つとして「3人組での素早いボール運び」を今日の取材で実演してくれました。その際、大橋コーチは「ボールを最先端にしない」と選手たちに何度も言っていました。この言葉の意味を教えてください。

大橋 サッカーというゲームの目的を考えると、ゴールを奪うために相手の最終ラインを崩す必要があります。逆に言えば、最終ラインさえ崩せば勝率は高まると思っています。しかし、最終ラインを崩したいと考えているときに、ボール保持者が最先端(最前線)にいたら何も生まれないとも思っています(下の図1のA)。ドリブルで突破するか、バックパスしてやり直す、しかないでしょう。ですから、「ボールを最先端にしない」とよく言っているのです。やり直しをしないように、ボール保持者よりも高い位置に味方がいてほしいと考えています。

――高い位置に味方がいると何が起きますか?

大橋 下の図2を見てください。ボール保持側のAを味方のBが追い越したとき、相手のaは守備の原理原則から言うと、Bのマークにつかなければいけなくなります。すると、ゴール前にスペースが生まれるので、相手のbが中央をケアしなければいけなくなるでしょう。そうなると、Cが相手の背後をとることができます。その際の判断力もテーマとしてトレーニングしていました。

――最終ラインを崩すための「ボールを最先端にしない」だったのですね。

大橋 加えて、ダイアゴナルランもポイントとなります。下の図3を見てください。ボール保持側のAに対して、例えば左サイドハーフのDが追い越す動きをして高い位置をとろうとしたとき、Dをマークしていた相手のcはマークし続けるか、dにマークの受け渡しをしたりすることでしょう。しかし、下の図4も見てください。左サイドハーフのDがダイアゴナルに動いたとき、相手のcはマークし続けるでしょうか? マークを受け渡すことになるでしょう。ただし、cが受け渡しをするためにはdかeに託すことになりますが、それを味方に明確に伝えて守備を整える時間はないはずです。ですから、ダイアゴナルランも有効なのです。ボールを最先端にせず、ダイアゴナルにも動けると、相手はポジションを崩さざるを得なくなります。
 また、シンプルなパス・アンド・ゴーでも相手を崩すきっかけをつくることができます。下の図5を見てください。万が一、ボール保持側のAに対して追い越す選手がいない場合、BにバックパスしたあとにAが自らボールを持たないで最先端になります。これだけでも攻略の糸口をつかめます。このようにして、相手最終ラインを惑わせたいのです。

日本文理高校の前進

POINT
1:ボールを最先端にしない
2:ダイアゴナルに走る

<ボールを最先端にしてはいけない理由>

図1 ©BBM

図1の説明=ボール保持者(A)が最先端(最前線)にいたら何も生まれない。ドリブルで突破するか、バックパスしてやり直す、しかなくなる

図2 ©BBM

図2の説明=ボール保持側のAを味方のBが追い越したとき、相手のaはBのマークにつくはず。するとゴール前にスペースが生まれ、相手のbなどが中央をケアしなければいけなくなる。すると今度はCが相手の背後をとることができる

<ダイアゴナルランの効用>

図3 ©BBM

図3の説明=Aに対して、Dが追い越す動きをして高い位置をとろうとしたとき、Dをマークしていた相手のcはマークし続けるか、dにマークを受け渡したりするはず

図4 ©BBM

図4の説明=Dがダイアゴナルに動いたとき、相手のcはマークを受け渡すことになるが、そのことをdかeに明確に伝えて守備を整えるほどの時間はない

<パス&ゴーによるオプション>

図5 ©BBM

図5の説明=Aに対して追い越す選手がいない場合、BにバックパスしたあとにAが自らボールを持たずに最先端になるシンプルなパス&ゴーも、相手を迷わせる方法の一つとなる

2012年から日本文理高校の指導にあたっている大橋彰ヘッドコーチ 写真/BBM

<指導者プロフィール>
大橋彰(おおはし・あきら)/1973年12月8日生まれ、新潟県出身。新潟北高校を卒業後、新潟イレブンサッカークラブ(アルビレックス新潟の前身)でプレー。20歳で退団したあと、2004年まで新潟工業高校でコーチを務めた。その後、新潟江南高校でもコーチを務め、12年に日本文理高校へ。現在は同校でヘッドコーチを任されているほか、ジュニアユース年代の『エボルブ・フットボールクラブ』でもコーチを務めている

取材・構成/髙野直樹

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