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2018-05-16

茨城の新鋭・明秀日立が 「肉体強化」に懸ける理由

2015年度の全国高校サッカー選手権に初出場し、17年度の同大会では見事ベスト8に入った茨城県の明秀学園日立高校は、技術強化だけでなく、フィジカル強化も重視して近年力をつけている。「茨城の新鋭」とも言える明秀日立の取り組みと成果を、監督就任9年目の萬場努・監督と選手たちに聞いた。
(出典:『サッカークリニック』2018年5月号)

取材・構成/吉田太郎 写真/吉田太郎、中島光明、矢野寿明

2017年度の全国高校サッカー選手権では、2年生ながらセンターバックのレギュラーとして4試合にフル出場した高嶋修也⑲。18年度はキャプテンを任されている

スピード×筋力が
パワーを生み出す

 2017年はサッカー界で「フィジカル」が注目を集めた。「日本のフィジカルスタンダードを変える」という理念を掲げる福島県の『いわきFC』が、天皇杯2回戦で北海道コンサドーレ札幌に勝利。延長戦での3得点で、7部に相当する福島県1部リーグ所属チームが、J1クラブを破る「ジャイアント・キリング」を成し遂げた。
 いわきFCは、「サッカーをしている時間よりも筋トレをしている時間のほうが長い」と言われるほど、徹底的にフィジカルを強化してきた。延長戦になっても倒れず、走り負けずに、天皇杯予選決勝でJ3の福島ユナイテッドFCを破り、本大会では札幌にも走り勝ってフィジカルの重要性を証明した。多くのサッカー関係者の目を「フィジカル」に向かわせた、いわきFCの快進撃だった。
 方向性は異なるものの、高校サッカー界でもいわきFCのように体を鍛えることを徹底し、独自のフィジカル強化を結果に結びつけたチームがある。2度目の出場となった17年度の全国高校サッカー選手権(以下、選手権)で初のベスト8進出を果たした茨城県の明秀学園日立高校(以下、明秀日立)だ。
 かつては古河第一高校や水戸商業高校が全国制覇を果たした茨城県勢だが、選手権では08年度の鹿島学園高校を最後にベスト8入りすることができていなかった。その中で台頭してきたのが、福島県との県境に近い日立市と高萩市で練習する明秀日立だ。県内にないようなテクニカルなチーム、フィジカルベースを持つチームになることを目指してきたチームは、15年度の選手権に初出場した。初戦で三重県の名門・四日市中央工業高校を撃破。準優勝した國學院大學久我山高校(東京都)に敗れはしたが、PK戦にもつれ込む熱戦を演じた。
 東海大学、佐川印刷SCを経て、23歳のときから11年に渡って明秀日立を指導する萬場努・監督は言う。
「フィジカルよりもテクニックに取り組まないといけないことは明確なのですが、高円宮杯プレミアリーグを見ても、大学やJリーグを見ても全員がハードワークするのが当たり前の状況になってきています。私たちが上のステージに食い込もうと思ったら足先だけのテクニックでは通用しません」
 いわきFCと同じく『株式会社ドーム(アンダーアーマー、DNC)のサポートを受けている明秀日立は毎年、栄養講習会を受講している。食事の摂り方やサプリメントの摂り方のアドバイスを受け、意識の高い選手は日常から実践している。一方、チーム独自に進めているフィジカル強化は、一般的な部活動のスケジューリングと違う面、また選手の目標達成能力向上につなげている面でも興味深い。
 技術の高い選手が多い印象がある明秀日立だが、萬場監督の就任前から筋力トレーニングが盛んで、例えばベンチプレスで100キロを上げる選手がいたのだと言う。
「筋トレと泥臭いプレーは嫌がらない印象があり、受け継いだほうがいいと思いました」(萬場)
 また、ラグビー日本代表の監督として、15年のラグビー・ワールドカップで強豪の南アフリカを破るなど、世界を驚かせたエディー・ジョーンズ氏(現在はラグビー・イングランド代表監督)のコラムを読み、「『日本人は世界に出て行く上で、1対1(のフィジカル)ではかなわないという概念自体を捨てなければいけない』という言葉に感銘を受けました」と話す萬場監督は、「スピード×筋力がパワーを生み出す」という考えの下、筋力トレーニングを最大限に活用しながら、妥協なく技術とフィジカルを兼ね備えた選手育成に取り組んでいく。
 明秀日立は選手権の結果に関係なく新チームが始動する11月頃から翌年の4月末まで、そしてインターハイ茨城県大会後の数週間の時期を「鍛錬期」に当てている。この時期は、重い器具を少ない回数上げて筋肥大を目指したり、通称「バス坂(バスでは登れないような急勾配の坂道)」でのタイム走を行なったり、20分走って到着できる砂浜でのダッシュで基礎体力向上を図ったりしている。
 だが、特徴的なのはトレーニングの日程だ。一般的には、週末に試合を行なったあとは月曜日のオフを挟んで火曜日から金曜日までトレーニングして、また試合に臨む。しかし「鍛錬期」の明秀日立は、週末の試合後も月曜日と火曜日に負荷をかけたトレーニングを行なう。そしてオフを挟んで週末の試合へ向けて強度を上げていくのだ。
 シーズン中(試合期)だと試合前日が調整練習になることもあるが、この日程だと、コンディションを上げながら試合をし、週明けも厳しいトレーニングで体をつくれると萬場監督は言う。指揮官が「(3年ほど前から始めて)すごく手応えがありました。慣れるまで選手が大変そうでしたが、『(試合期に)週末に試合を行なって月曜日に休む』に戻したときの伸び率が違いました」と話す練習日程は、17年度の選手権の快進撃にもつながった点の一つだ。

筋力トレーニングは
コンスタントに継続

 力をつけるために必要であるとは言え、「フィジカル」と聞くと拒否反応を起こす選手もいるだろう。だが、明秀日立はフィジカル・トレーニングを選手として形を成すための必須材料にしている。
 同校体育館2階に並べられたトレーニング器具のそばには、サッカー部員全員の名前と体重、ベンチプレスの測定値と体重比、目標値が貼り出されていた。2、3年生の数値の大半は黄色で表示され、1年生は半数が黄色で表示。明秀日立では、1年生で自身の体重の1.1倍、2、3年生で自身の体重の1・25倍のバーベルを上げなければならないノルマがある。その目標値に達した選手の数値は黄色で掲示されている。目標値をクリアできなければAチームに昇格できない厳しいものだ。
 17年度の選手権で3ゴールを挙げ、大会優秀選手にも選ばれたFWの荒井慧伊大も、15年度の選手権で10番をつけ、現在はいわきFCに所属するFWの吉田知樹も、ノルマをなかなかクリアできずにAチームでの活躍は遅かった。「高校入学時はほとんどの選手が50キロほどしかバーベルを上げられません」と萬場監督が言うだけに難易度の高そうな目標だが、指揮官は「計画を立ててコツコツやっていくと2年生の夏頃には達成できるのです。一気に1.25倍を上げようとするのは難しいのですが、1カ月に2.5キロずつでも上げていくと、すぐに目標を達成できます。コンスタントに継続できることが大切なのです」と説明した。
「コンスタントに、継続する」はキーワードであり、明秀日立の評価基準になっている。ではなぜ、ウエート・トレーニングを評価基準にしているのだろうか? 「1対1」の勝敗や空中戦の勝敗などを数値化することは難しいが、ベンチプレスの数値は努力の成果が目に見える。取材日には、共にベンチプレスを最大で100キロ上げるDFの小川優斗と深町琢磨の3年生2人が、模範演技として70キロのバーベルを軽々と上げてくれたが、ほぼ全員が目標を達成するために計画を立て、継続的に努力を続けている。卒業までに入学当初の2倍以上の数値のバーベルを上げるまでになっている。
 コツコツ続けなければ越えられないハードルを越える選手たちの頑張りを、コーチ陣は見逃さない。17年度のキャプテンでDFの深見凛は、自らが示して最大100キロを上げ続けてチームから信頼されるリーダーとなった。試合に出られなくても最大値を徐々に向上させるなど努力を続けて這い上がったMFの湯澤涼は17年度の選手権でスタメン出場を果たした。
 もちろん、プレーとリンクしなければ出場機会を掴むことはできないが、筋力トレーニングは頑張りが目に見えることも選手たちにとっての励みになる。キャプテンのDF高嶋修也は「そのときに頑張っているからメンバーに選ばれるのではなく、『それほどうまくない選手であっても、ずっと前からコツコツやっている選手であれば使いたい』というのは、監督とコーチから言われています。全体の刺激にもなり、全体でコツコツやれているのは感じます」と、その効果について語った。
「鍛錬期」から試合に近づくにつれて、軽い器具で回数を多くして上げるなど、速い動きを高めるトレーニングを行ない、自分の体を自在に動かせるように変化させる。その結果、17年度の選手権で1ゴールを挙げたFWの二瓶優大が「(全国でも)負けていなかったと思います。厳しい練習をほかよりもやってきたと思っていましたから」と、自信を持つほどのフィジカルを手にした。

継続してきた「裏づけ」が
選手たちの自信になる

 選手たちが持っている自信。それは「裏づけ」があるからもたらされているものだ。
 近年、「明秀日立がフィジカルで負けない」というイメージは対戦相手も持つようになっている。実際、彼らはシーズンを通してほとんどフィジカルで負けない。こだわって身につけた筋力、持久力、スピードがあるからこそ、何度も上下動できたり、何度も跳躍できたりする「裏づけ」だ。技術面はもちろん、高校入学時から2倍以上も重いバーベルを持つことができたように、全国でも負けないほどのハードワークができるようになった「裏づけ」を多く持っていたからこそ、17年度の選手権で星稜高校(石川県)や大阪桐蔭高校(大阪府)といった強豪相手に押し込まれても、我慢して、最後に足を伸ばしてボールに触るなど、気持ちの面で崩れなかった。
「高校3年生は、『プロに行く』、『大学に行って磨き直す』、『高校で第一線から退く』といった選択肢がある中で、一つのターニング・ポイントを迎えます。ですから、『選手としての自分の完成系がどういうものなのかを高校を卒業する前に示そう』と選手たちに話しています。そのときに『まだこれができない』では、明秀日立に入って自分を磨くための努力をしてきた意味がない、ということも言っています」(萬場監督)
 高校サッカーを終えるときに「裏づけ」が多い選手でいられるかどうか──。「裏づけ」はコンスタントに継続して努力していかなければ得られるものではない。
 17年度の選手権で強豪との連戦を経験し、ベスト8まで勝ち上がったことで、明秀日立は「1番になるため」の物差しを学んだ。
 技術をさらに磨かなければならない──。
 例えば、17年度の選手権で優勝した前橋育英高校(群馬県)の4バック全員が年代別日本代表や高校選抜に入っているように、どこに行っても通用する選手になること、またスタッフのレベルアップも必要だ。
 17年度の選手権では積極的なベンチワークで11人の総合力を下げない試みが行なわれていたが、5、6試合を勝ち抜いて日本一になるには、全国大会で先発フル出場できる選手15人から20人は育てなければいけない、と萬場監督は言う。
「優勝したいのであれば、全国クラスの相手との連戦でも力を発揮できなければいけません。采配の仕方も変えたいと思います」(萬場監督)
 県内5冠、そして日本一を本気で目指すチームは、17年度の選手権終了後、「鍛錬期」で例年以上に厳しいトレーニングを行なっている。パスの精度、スピードへのこだわりも高まった。その中でまずは1月に行なわれた茨城県の新人戦を制覇した。
「2017年と比べたらフィジカル・トレーニングの量が多くなりまし、きついです(笑)。それでも、今まで以上にトレーニングの質を上げ、ゴールを奪えるようにシュート練習も増やしていきたい」(二瓶)
「全国で戦って通用しない点をいくつか感じました。ベスト8にいけましたが、それまでだった思いもあります。ベスト4以上へいくためにフィジカル・トレーニングも多くなっていますが、新人戦で優勝できましたし、この勢いでいきたいです」(高嶋)
 選手権経験者を多く残す18年も注目の年となるだろう。フィジカル強化、技術練習、戦術理解――。茨城の新鋭は「裏づけ」を増やして日本一に近づく。

筋力アップに励む明秀日立の選手たち。高校入学時には厳しいと思える目標設定でも、「計画を立ててコツコツやっていくと2年生の夏頃には目標を達成できるのです」と萬場監督は言う

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