取材・構成/川端暁彦 写真/福地和男、BBM
山田 本当の意味で自分の将来を考えたのは大学3年生のときだったと思います。理由はやはり、小嶺忠敏・先生(島原商業高校時代の恩師。現在は長崎総合科学大学附属高校の監督)の存在でした。そのため私は長崎県の教員採用試験を受ける予定でした。
山田 そうですよね(笑)。
まず、夏に大学の全国大会がありました。その大会の準決勝の日と長崎の教員採用試験日が重なっていたのです。そのため、何カ月も前から監督には「この日だけは……」と言っていたのですが、いざ、準決勝進出が決まったら、「耕介、サッカーと試験、どちらが大事なんだ?」と迫られ、「サッカーです……」と(笑)。
その結果、試験は受けられず、試合にも敗れ、小嶺先生には怒られました(笑)。「教員になって指導者としての道を歩む」という夢は破れ、そのときは日本サッカーリーグ(JSL)のあるチームに進むことになっていたのです。
前橋育英高校から話が届いたのは、翌年(1982年)の2月です。群馬県はちょうど国体の開催を控えていた関係で成年男子の強化も目指していました。そこで私に白羽の矢が立ったそうです。しかし、初めて耳にする名前の高校でしたから、前橋商業高校から来ていた大学の後輩に「前橋育英ってどんな高校?」と聞いてみたら、「いや……」と口籠るのです(笑)。
山田 言ってしまえば「不良の多い高校」という印象を持たれていました。ただ初めは、「(翌年に予定されている)国体が終わったら、長崎に帰ればいいだろう」くらいの軽い気持ちでした。
山田 まだここにいるとはね(笑)。小嶺先生からは何度も「耕介、帰って来い」と言っていただいており、そのたびに「先生、こいつらが卒業したら」と言うのですが、次の年にはまた新しい選手が入って来ます。すると、「ああ、こいつらの面倒も見なくては」という気持ちをどうしても抱いてしまうのです。その繰り返しでした。群馬で結婚し、長崎から両親も呼び、すっかり「群馬の人間」になってしまいました。
山田 それはもう、完全に『スクールウォーズ』の世界ですね(笑)。すごい髪型をし、とんでもない格好をした部員が、「あ? なんだおめぇ?」と私に言ってきましたから(笑)。いろいろと悪いこともしていました。
最初の1カ月、いや2カ月近くは練習をボイコットされていたものです。しかし、彼らは先生のいないところで悪いことをするのではなく、目の前で堂々とやっていました(笑)。そして、いざ指導してみると根は結構いい子供たちだと感じたのです。だから、私も指導にのめり込んでしまいまた。
山田 もう、体当たり状態でしたね。当時の部員は20人強だったと思いますが、「俺と勝負しろ」と3000メートルなどで競争を挑まれたりするのです。しかし、私が勝ってしまったりして(笑)。すると、今度は「『1対1』で勝負だ」と言ってくるので、20人と延々やっていたこともありましたね。しまいには、「じゃあ、相撲で勝負」というのもありました(笑)。それにも何とか勝っていましたね。ぶつかり合いながら徐々に分かり合っていく感覚でした。今となっては、彼らもいい飲み友達です。
山田 やはり、山口素弘(元日本代表。84年入学)が入って来てからでしょうか。当時は無名でしたが、本当にいい選手でしたので、「この子を何とかしてあげなくては」と思いましたし、逆に彼から教わったことも多かったと思います。当時はまだ、「前橋商業高校の1強時代」でしたが、そのあたりから、選手も少しずつ来てくれるようになっていきました。
山田 そのあとの3年間も前橋商業でしたけれどね(笑)。前橋商業には本当に勝てませんでした。当時の前橋商業の監督は奈良知彦・先生でしたが、いろいろなことを相談したものですよ。本当に素晴らしい先生でした。普通はよそ者が群馬に来たら、「その程度」の対応になると思うのですが、そうされませんでした。奈良先生をはじめ、群馬には本当に温かい人が多くて、ありがたかったです。
あとはやはり、小嶺先生の存在が大きいです。小嶺先生に出会っていなければ、私は指導者になっていません。あの情熱は本当にすごいですよ。いまだに長崎から群馬まで、バスを運転して来られます(笑)。70歳を過ぎてもやられているわけですから、本当にかないません。「小嶺先生のような指導者になりたい」と思って、ずっとやってきました。
山田 私が指導を始めた当時は高校卒業後にサッカーから離れる選手がほとんどでした。ですから、「サッカーを大好きになってもらい、サッカーをやっていく中で人間としても成長できる指導」に最もこだわっていました。
山田 大学でもサッカーを続けてくれる選手は本当に増えましたね。そのおかげで前橋育英OBの指導者の数もどんどん増えています。先生もいますし、クラブチームで教えている教え子もいます。
山田 70人近くなりました。それに今は海外でサッカーを続ける選手も出てきているのです。みんな本当に頑張ってくれています。やはり、うれしいものです。
山田 ずっとやりたかったのです。群馬の多くの先生方が賛同してくれたので、制度として認められ、スッと導入できました。そのおかげで、各カテゴリーで切磋琢磨しながら、土日に試合ができ、その試合の反省を踏まえた練習を翌週にできています。選手たちの成長を考えると本当に大きかったと思います。
山田 ボランチは抜群のスピードやパワーがなくてもやれるポジションです。最初はそういう(身体能力に秀でた)選手が来てくれなかったですから、そうした中でもうまい選手をボランチにし、その選手を中心に据えてチームをつくる感覚を持っていました。だから、山口が原点かもしれません。彼もいい選手で技術もありましたが、スピードはあまりなかったです。初めはフォワードだったのですが、彼をボランチにコンバートしてうまくいったことが、その考え方の出発点かもしれません。
山田 細貝萌(柏レイソル)や青木剛(ロアッソ熊本)、青木拓矢(浦和レッズ)、六平光成(清水エスパルス)は身体能力も高かったです。私がボランチを活かしたスタイルを採っていたため、ボランチでいい選手が前橋育英に来てくれるようになったというのはあると思います。
山田 やはり松田直樹(元日本代表。故人)でしょうね。彼は本当に能力が高かったです。ある日、練習を適当にやっているように見えて叱ったことがあるのですが、「先生、僕が100パーセントの力でプレーしたら、チームメイトはケガをしてしまいます」と言われ、反論できなかったことがあります(笑)。その話を聞いてからは、Jクラブのトップチームなど、上の年齢のチームと練習試合を組むようにしました。そうしたら、活き活きとしながら相手に向かっていくのです(笑)。本当に面白い選手でした。やっと一緒に酒を飲めるようになって、いろいろな話を聞けると思っていたんですけれどね……。
山田 高校生ですし、完璧な選手なんていません。「お前は欠点だらけだな。でもこんなに素晴らしいところもあるな」という話はよくしていました。指導者は「重箱の隅」をつつくような指導をしてはダメだと思います。まず、いい面を発見する意識を持って接し、その上で直すべきところを指摘すべきなのです。これを逆にしてしまうと相手に響きません。ですから、「俺は欠点だらけだぞ。でも1つだけ君たちより偉いところがある。失敗した数だけは絶対に君たちよりもずっと多い。だから俺は偉いんだ」ということも言います(笑)。
山田 「これはダメ」、「これはいい」などと、基準をはっきりと言うことが大事だと思います。
日本人は「ええ、まあ」みたいに曖昧にしたがりますが、曖昧にしていたら子供は守るべきことが分からなくなってしまいます。ダメなものはダメ、いいモノはいいと、指導者が基準を示すことが大事だと思います。
山田 サッカーの部分でできないものがあるのは仕方ありません。足の遅い選手に「速く走れ」と叱っても無意味なことです。ただし、人間としての生き様、善悪の判断については違います。ここはピシッと話を聞く場面だという状況でダラダラしていたら叱ります。そのまま社会に出たら本人が損をしてしまいますからね。
以前から、高校サッカーの指導者の先輩方も人間育成の部分を強く言われていました。あとに続く私たちもその点は外せないと思って指導しています。
PROFILE
山田耕介(やまだ・こうすけ)/1959年12月3日生まれ、長崎県出身。島原商業高校時代の77年にインターハイ優勝を経験。法政大学卒業後、83年に前橋育英高校の監督に就任し、現在は校長兼監督を務める。2009年にインターハイ優勝を収め、今年度は全国高校サッカー選手権大会でも優勝。山口素弘、松田直樹、青木剛、細貝萌、田中亜土夢、青木拓矢など、数多くのプロ選手を育てた実績を持つ
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