師走8日の大阪で、34歳の元日本チャンピオンが王座に返り咲いた。サウスポーの強打者・中川健太(三迫)が、3度防衛中で同じく左構えの日本スーパーフライ級チャンピオン・奥本貴之(グリーンツダ)に6~7ポイント差をつける大差3-0の判定勝ち。2017年3月にベルトを失ってから2年9ヵ月。30代のボクサーにとって決して短くはない時間には、リングから1年以上、遠ざかっていたブランクも含まれる。それは、一度は引退を決めたベテランの鮮やかな“再生”でもあった。

写真上=コンビを組んだ横井龍一トレーナー(右後ろ)とともに敵地・大阪で2年9ヵ月ぶりの王座返り咲きを果たし、涙を流した中川健太。写真◎石井愛子

『生まれ変わった』の言葉が
最高の恩返し

画像: 移籍のチャンスを「生かしきったのは本人」と、三迫貴志会長(右)は中川を称えた。写真◎西村華江

移籍のチャンスを「生かしきったのは本人」と、三迫貴志会長(右)は中川を称えた。写真◎西村華江

 この試合まで17勝中12KO。4回戦から8回戦に上がるまで7連続KO勝ちを記録したこともあった。そのほとんどを生み出してきたのは左だったが、奥本攻略のカギになったのは利き腕の右である。

 左オーバーハンド、左ボディストレートから上下に返す右フック、右アッパー。試合の前半は陣営も本人も認めたように動きが硬く、なかなか左から右につなげなかった。それでも思いきりのいい左ブローと、その左をフェイントにした右ジャブを巧みに使ってペースをつかむ。硬さがほぐれた後半、左から返した右でダメージを与え、ポイントを重ね、明確に抜け出した。

 こう着した展開を左で打開する、苦闘を左一発で清算する、そんなかつての姿を思えば、幅の広さも戦略もまるで見違えるようなボクシング。試合後、「生まれ変わったみたいだった」と素直な感想を投げかけると目を輝かせた。

「『中川健太は生まれ変わったな』って、そう言われることが三迫ジムへの恩返しだと思ってるんで。それは本当に嬉しいですね」

 再起を決意し、今年はじめにジムを移籍。5月の復帰戦から早くも2戦目で迎えたチャンスだった。三迫貴志会長、久保明子マネージャー、担当の横井龍一トレーナー、加藤健太、椎野大輝、鈴木啓太のトレーナー陣、ジムメイトたち、「ジムのみんなが支えてくれたから」と、感謝の言葉を繰り返す中川を三迫会長がねぎらった。

「でも、それを生かしきったのは、本人なんだから」

 そのとおりだと思う。環境が変われば、がらりと変わる、すべて解決する、わけではないのは言うまでもない。

言い訳できない環境で
問われるのは本人の姿勢

 ある移籍選手を受け入れた、別のジムの関係者の話を思い出す。センスもあり、期待できる選手だったが、試合が決まらないと練習に来たり、来なかったり、一向に熱が入らない。挙句、試合の話を持ってくると「(その相手は)自分にはまだ早い」と断る。「今のままでは勝てなくても、頑張れば勝てる相手とマッチメークしているのに。何のために来たのか」と、ため息まじりに話していた。

 多数のチャンピオンを輩出してきた、また別の大手ジムのトレーナーの話。「うちのジムで練習しているだけで、自分は強くなったと勘違いしているやつが多い」。そんなことでは、環境に恵まれているとは言えない地方のジム、小さなジムでも一生懸命、工夫したり、追い込んで練習したり、強くなろうと本気で頑張っている選手には負けるぞと、口酸っぱく言わなければならないと嘆いていた。

 移籍によって、良くも悪くも環境にどれだけ依存していたかがあぶり出される。見方を変えれば、言い訳ができたかもしれない環境から言い訳のできない環境に移ったとき、問われるのは選手本人の姿勢ということだろう。

移籍して感じた「意識の違い」

画像: 試合後の控え室で横井トレーナー(右)と喜びを分かち合う。写真◎船橋真二郎

試合後の控え室で横井トレーナー(右)と喜びを分かち合う。写真◎船橋真二郎

 移籍してからの1年を中川は「きつかったですね。『こんなに練習するの!?』と思って」と率直に振り返った。「前までの自分だったら、『疲れた、今日はもう休もう』ってなるところを、周りの頑張ってる選手に引っ張られて、横井先生にケツを叩いてもらって。正直、いっぱいいっぱいになることもあったんですけど」。

 実際、ジムで若い選手たちに混じり、顔を真っ赤にしてサンドバッグを叩いている姿を何度も見たことがあった。練習量だけではない。「(元日本王者の)僕がやってきた練習を4回戦の子たちが当たり前のようにやってるんですよ。『意識が違うな』と思って」と、今までとは練習の質の面でもまったく違った。肩書きも実績も忘れ、ベテランは必死になって新しい環境に食らいついてきた。

「こんなこともやったことなかったんだ、こんなことも知らないんだって。最初はびっくりすることが多かった」と話していたのは、元ヨネクラジム・トレーナーで指導歴20年を超える横井トレーナーである。

「ひいひい言いながらやってましたけど(笑)、でも、楽しかったんじゃないですか。『これやったことないです』『こんなの知らなかったです』って、子どものように目をキラキラさせながらやってましたから」

 三迫会長も「ベテランなんだけど、若い選手みたいに吸収することが楽しいっていうのが見て取れた」と振り返る。その姿を見てきたからこそ、「せっかく復活したんだから、いろんなことを試したり、経験させてあげられるように」とフィリピン、広島にスパーリング合宿にも連れて行き、今回のチャンスもつくった。

 ジムでは毎月はじめに会長、全トレーナー、プロ選手全員が顔をそろえた全体ミーティングを開いている。中川がジムの選手たちに「この恵まれた環境が当たり前だと思わないでほしい」と呼びかけたことがあったのだと、教えてくれた横井トレーナーは奥本戦の前、こう期待を込めていた。

「その中川の“心”が試合に出ると思います」

防衛こそ、過去の自分を
超えた証明になる

 キャリア初となるアウェー戦。中川は「ジムのみんながいたから、それはまったく感じなかったし、心強かった」という。それでも試合の前夜には、今までにないプレッシャーを感じていた。

「実は一睡もできなくて。こんな環境を与えてもらって、結果で応えないとっていう気持ちが強かったんで。正直、そのプレッシャーがヤバかったです」

「一度は失ったものを取り返して、(IBF13位の奥本に勝利したことで)世界ランクも取り戻せるはずだから、ここからがまたスタート。もっと上を目指して頑張っていきたい」と力強くサポートを約束した三迫会長に対し、中川は足もとを見つめていた。

「前回果たせなかった防衛を果たすことが、過去の自分を超えた証明になると思うので。必ず防衛したい」

 そのために自分自身がやるべきことはわかっている。

「自分がどれだけいい環境でボクシングをやらせてもらっているかを忘れないように。現役のプロボクサーとして、あと何回、練習できるかわからないんで、1日1日、しっかり練習して、もっと成長したいですね」

 試合後の言葉どおり、翌週のジムには、若い選手に混じり、顔を真っ赤にしてサンドバッグを叩く、中川の変わらない姿があった。生まれ変わったベテランの挑戦は、まだ終わらない。

取材・文◎船橋真二郎

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