選手にはそれぞれの特性があり、ストロングポイントがあり、もちろん“こだわり”もある。それは4回戦ボクサーから世界チャンピオンにいたるまで、様々に持ち合わせているものだ。
 肩書きにとらわれず、こちらの感性、琴線に突き刺さってきた選手、個性、技術、真髄、奥義──に迫りたい。そんな想いから、毎月ひとりのボクサーに流儀を語ってもらう。
 第2回は、WBO女子世界ライトフライ級チャンピオン天海ツナミ(てんかい・つなみ=35歳、山木)。2018、2019年と、2年連続女子最優秀選手賞を受賞。現在、男女を通じても屈指の“ディフェンス・マスター”だ。

※『ボクシング・マガジン2019年12月号』掲載記事を再編集したものです

上写真=ガードとヘッドムーブ。これはツナミのディフェンス技術の基本的動作だ

文&写真_本間 暁
Text & Photos by Akira Homma

『ディフェンス』
サッカーを礎に「感覚」「反応」「予測」を生かす

◆「もう戦いたくない」と思わせる◆

 2009年2月にWBAスーパーフライ級王座を獲得し5度の防衛。その後、バンタム級挑戦をはじめ、海外ファイトで判定負けが続く“不遇の時代”を味わったものの、2018年、WBOライトフライ級王座を獲得し、ようやくふたたび日の目を浴びることとなった。

 彼女には一貫してひとつの強烈な、これ以上ないストロングポイントがある。傑出したディフェンス技術だ。

昨年7月、3階級制覇を狙い、すでに5階級制覇を達成している“女王”藤岡(左)に挑戦。ツナミは、藤岡の猛攻をひょいひょいとかわし続け、“レジェンド”を大いに苦しめた。この試合は、女子の年間最高試合にも選ばれている 写真_菊田義久

 2019年7月、藤岡奈穂子(当時、43歳、竹原慎二&畑山隆則)の持つWBAフライ級王座に挑戦し、3階級制覇を狙ったが、判定は三者三様のドロー。だが、あの藤岡をして「もう、ツナミさんとは戦いたくない」と言わしめた。長らく“女王”の名をほしいままにし、突き抜けた存在だった藤岡が、めずらしくそんな発言をした理由は、天海ツナミの“ディフェンス”に手を焼いたからである。「まるでこんにゃくを殴っているかのよう」とは、昔から防御のうまい選手と戦った相手の常套句。しかし、天海の場合は、くにゃりとした手応えのなさを味わわされるどころか、触れることさえできない場合が多いのだ。

◆サッカーの経験が生きる◆

サッカー選手時代から、常にバランスを大切にしている

「小学3年から高校を卒業するまで、サッカーをやってました」。高校は、名門の神村学園。全国大会にも出場した経験があり、彼女の土台は、ここで培われた。

「スタミナと足のステップ。相手との駆け引きだったり、足や体でフェイントをかけたり……」

 1対1のボクシングと、団体競技のサッカーでは「まったく別もの」と考える向きもあるだろう。が、実はサッカーも1対1の瞬間が多く、もしくは1対3くらいの場合もある。また、ボールを持っていないところでも、相手とのバトルは発生する。「ボールをもらうために、アクションを起こすための駆け引きがあったり。もらうフリをして、マークしてる人の予測を外して逆方向に行ったり」

 ポジションは、基本的にミッドフィルダー、いわゆる中盤。ここの選手は、攻撃と防御のバランスが半々。ボールを前線に供給する大事な役割を担い、かつ相手の攻撃に対し、素早く防御に回る役目もある。つまり、フィールドの全体が見えていなければならないのだ。視野の広さについて訊くと彼女は「リングの上ではあまりリング全体を意識したことがないです(笑)」というが、「相手の体全体を見るという点では、サッカー時代のやり方が生きている」と断言する。

 相手と対峙した場合、「相手の目を見る」という選手が多いのだが、彼女の場合は、「サッカーを始めた当時は人見知りだったので(笑)、相手と目を合わせるのが苦手だった」という。

 そんな“負”の要因がきっかけで、相手の体全体を見るようになり、様々な部分の動きを観察して、動きの兆候を察知、予測して動くという流れになっていった。

◆最初はハメドに憧れた◆

「最初はスパーリングで打たれないことに必死でした。ガードとブロックだけ。でも、それでは攻撃につながらないから、パンチを返すようになって、そこから次にステップを使うようになっていきました」

 ステップでは、もちろんサッカー時代に築き上げた体の使い方やリズムを発揮する。大きく広く動くこともできるが、それをより細かく刻むように。小さな動きで避けられれば、それだけ無駄は省けることになる。労力も使わなくて済む。さらに、カウンターを取ることへもつながる。

 防御における「足」というと、どうしてもフットワークを使って動き回るイメージがあるが、彼女の場合は、ちょっとした足の位置、入れ替えなどを有効に取り入れる「足」。そこがベースとなって、腰、肩、頭の位置をずらし、ヘッドスリップをはじめとするボディワークへと発展する。

足のちょっとした動きで、腰、肩、頭をずらし、さらにガードも加える

 ガード、ブロック、パーリングなど、腕を使った防御はできる選手は多いが、ヘッドスリップ、ウィービング、ダッキング、ボビングなどのボディワークを上手に使える選手は、わが日本ではなかなかお目にかかれない。彼女は、男女通じてきわめて貴重な存在なのである。

 そんな彼女、「最初はナジーム・ハメドをイメージしていたんです」という。ハメドといえば、変則ボクシングが代名詞となっているが、実は名うてのボディワーカー。しかも、ノーガードでひょいひょいと、まるで曲芸のようによけていくのだから、こんなに痛快なことはない。くねくねと動く柔軟な上体が目をひくが、強靭な下半身と冴えるバランス感覚が礎となっている。

「でも、あまりハメドのイメージでやりすぎると形が崩れちゃうんです(笑)。だからいまは、井上尚弥選手をすごく参考にしています。体を崩さない。バランスが崩れない。体幹が強いですよね」

◆「攻防で10」という考え方◆

ジムメート、樽井捺月とのマスボクシングで磨く

「同じ練習をしたからって、みんながツナミのように避けれるわけじゃない」と山木敏弘会長は言う。ツナミも、「“感覚”と“反応”を大切にしています。あとは“予測”。こう打ったら次はこうって、人間の動きはだいたい決まってますよね。だから、その予測を元に反応する」

 反応を磨く訓練は、続けているという。ふとした瞬間に、「パッパッパ(首を左右に移動させる)って動いたり、走るときに細かくステップを使ったり、ステップバックしたり、棒があったら飛び越えたり……。人混みを、人を避けながら歩く? あ、それはサッカー時代にやってました(笑)」

 しかし、彼女は大きな課題に直面し続けている。「避けることはできるんですが、攻撃につなげることができないんです」。おそらく防御7、攻撃3くらいの割合で戦ってきたのだろう。だが、ここは思考の転換が必要だ。

 防御に関して「見ることができる」ならば、きっと攻撃に関してもそのポイントは見えるはず。攻撃と防御を分けずに攻防で10と考えることが必要かもしれない。

 ディフェンスのよい選手がワンパンチフィニッシャーに変貌するパターンは往々にしてある。近年でいえば、あの長谷川穂積がそう。そしてその逆に、攻撃偏重の選手が、いざ防御を磨こうとすると苦労する、ということは多い。

「攻撃と防御をひとつの流れで」。それは、偉大な足跡を辿ってきた天海ツナミだけでなく、ボクシングを始めた人にこそ、取り組んでほしいカタチだ。

画像: 体格負けしてしまうことも多い樽井だが、ツナミに鍛えられ、技術レベルは高い

体格負けしてしまうことも多い樽井だが、ツナミに鍛えられ、技術レベルは高い

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