7月30日、東京・後楽園ホールで第77回東日本新人王予選が行われ、4階級8試合で次戦進出が決まった。新型コロナウイルスの影響でトーナメントは4ヵ月遅れでスタート。当初エントリーしていた選手のうち20名程度が出場を辞退し、あらためて日程が組み直された。東日本新人王決勝は例年より1ヵ月遅れの12月に開催され、東軍代表、西軍代表がルーキーチャンピオンの座を争う全日本新人王決定戦は2月にスライドされる。

写真上=2-1の判定で勝利を飾り、「最高に嬉しかった」と丸岡

運命のジャッジ

「(判定を)待っている時間は地獄でした」。そう振り返ったのは群馬・高崎ジムの丸岡宣男。5月に37歳の誕生日を迎え、プロボクサーの定年に達した。トーナメントを勝ち進んでいる間は規定により現役続行が許されるが、負ければ即引退の瀬戸際だった。先に発表された2人のジャッジの採点は大きく割れ、39対37、36対40の1-1。試合直後は「引き分けぐらいで、優勢点は向こうかな?」というのが自身の率直な感触だった。胸のドキドキが最高潮に達する中、丸岡の運命を決する3人目のジャッジは38対37の1ポイント差。リングアナウンサーに自分の名前を呼ばれたときは「最高に嬉しかった」と安堵の表情を浮かべた。

「リングに上がる前は複雑でした。半分、終わりのことも覚悟しなければならなかったので。でもリングに上がれば、あとはやるだけ。集中できたので無観客も気にならなかったです」

 スーパーフェザー級4回戦はもみ合うような、噛み合わないラウンドが延々と続いた。決定打こそ奪えないものの、埼玉・鴻巣茂野ジムの26歳、ウィード太一が押し込む展開。「ロープを背負わせたかったけど、ウィード選手のプッシュ力が強くて、自分が背負わされる場面が多かった」と丸岡は苦しい。それでも「できることをやろう」とすぐに気持ちを切り替えた。「カウンターを的確に当てていこう」と我慢して間隙をコツコツと突き、勝利を手繰り寄せた。

コロナ過で「新しい自分を発見」

「ぷらぷら遊び回っていた」という20代。このままじゃダメと30歳を目前にして思い立ち、「自分を変えたい」と29歳のときに地元の高崎ジムでボクシングを始めた。そして2017年10月、34歳でプロデビュー。新人王戦は初回TKO負けで初戦敗退の昨年以来、2度目の挑戦。コロナ禍で興行自粛となり、一時は出場が危ぶまれたが、救済措置により実現したラストチャンスでもあった。

 ジムで練習ができない時期も「ここで自分が妥協したら、チャンスがなくなるんじゃないかと思って」欠かさずロードワークに励み、近所の公園などでシャドーボクシングを繰り返した。好きなロードバイクのペダルをいつも以上にこぎ、少しでも体力アップを図ろうと努めた。普段は自動車部品工場で働く正社員。仕事との両立の中で、ときには自分に負けて「練習を妥協することもあった」そうだが、逆境にも負けずに頑張れる「新しい自分を発見できた」という。

 苦闘の末にボクシングを続ける権利をつかみ、「嬉しいの一言」。会社も前日計量、試合当日の2日間を有休扱いにしてくれるなど、できる限りのサポートをしてくれる。全日本新人王になれば、日本ランキングに入り、健康面を考慮された上で特例で現役続行が認められる。過去に昨年の東日本新人王・本多航大(川崎新田)に勝利していることも37歳の背中を押す。「ここまでやってきたんだから、自分の限界を知るまで妥協せずにやりたい」。きっぱりと決意を口にした。

 中日本新人王予選は興行再開後の先陣を切って、すでに7月12日に開幕。明後日8月2日にはSAGAサンライズパーク総合体育館(佐賀県佐賀市)で西部日本新人王予選が、8月12日には豊中文化ホール(大阪府豊中市)で西日本新人王予選が初戦を迎え(7月25日の神戸で予定されていた西日本新人王予選1試合が中止に)、来春の後楽園ホール進出を目指すルーキーたちの戦いが各地で始まる。なお、各協会が主催する新人王予選の興行は当面、無観客で行われる。

取材・文◎船橋真二郎

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