7月25日に開会式が行なわれるインターハイの男子サッカー競技。翌26日から1回戦が始まる。今大会の栃木県代表は2年ぶり9回目の出場となった矢板中央高校だ。2009年度、17年度と『全国高校サッカー選手権大会』でベスト4入り。18年度もベスト8入りの成績を残し、『プリンスリーグ関東』では優勝を果たした。今ではすっかり全国の強豪校の一つとなったが、現在の監督である髙橋健二氏が赴任した当時の部員数はたったの13人だった。地方小都市の私立高校が勝てるようになり、知名度をあげるきっかけとなったさまざまな取り組みとは――。その前編をお送りする。

(出典:『サッカークリニック』2018年9月号)

上のメイン写真=髙橋健二・監督の声に耳を傾ける矢板中央高校の選手たち(写真は2018年のもの) ©吉田太郎

「生き残る」のための
強豪サッカー部の策『矢板モデル』

画像: ブラジル留学や古沼貞雄氏の招へいなど、さまざまアイディアとチャレンジ精神でチームを強くしてきた髙橋健二・監督 ©吉田太郎

ブラジル留学や古沼貞雄氏の招へいなど、さまざまアイディアとチャレンジ精神でチームを強くしてきた髙橋健二・監督 ©吉田太郎

 地方の小都市に位置している私立高校は難しい局面を迎えている――。

 少子化の影響による応募人員の減少、定数割れ。一部の人気校を除くと、公立高校でさえも生徒集めが難しい状況になっている中、一般的に入学金や授業料の負担が多いとされる私立高校、特に地方の学校は生徒数を確保しづらくなっている。

 強豪サッカー部においても同様の課題だ。近年は私立の室蘭大谷高校(現在は北海道大谷室蘭高校)や公立の清水商業高校(現在は清水桜が丘高校)といった強豪校が学校再編され、新校名でスタートするというニュースがあった。特に地方で生徒数が減少している学校は「生き残る」ための策を考えなければならないのが現状だ。

 問題を打開するため、すでに動き出している高校が栃木県にある。

 2009年度と17年度の『全国高校サッカー選手権(以下、選手権)』でベスト4入りし(18年度はベスト8)、17年度は『全日本U―18フットサル選手権大会』で優勝を果たした矢板中央高校だ。

 矢板中央のある矢板市は、栃木県の県庁所在地の宇都宮市から北へ約35km、JRで30分ほどの距離にある。人口3万3000人ほどの小都市だ。矢板中央は矢板駅から徒歩10 分ほどで通える位置にあるものの、県内全域から通学するには難しい環境である。それらが影響してか、矢板中央は3学年の生徒数が合わせて600人の小規模校だ。

「日本一」を目標に掲げるサッカー部が力を維持するのは簡単なことではない。それでも、矢板中央はいわゆる『矢板モデル』の取り組みによって、163人の部員や6人の外部コーチを確保し、全国レベルの戦いで強さを発揮するチームとなっている。

『矢板モデル』の取り組みをスタートしたのは3年前(16年)のことだ。矢板中央の髙橋健二・監督と金子文三コーチが中心となって『一般社団法人矢板セントラルスポーツクラブ』を立ち上げたことがきっかけだ。

「『矢板セントラルスポーツクラブ』を立ち上げるときはチームを強化していく中でいくつか課題にぶつかっていました。数年前からチームとして少しずつ勝てるようになり、結果が出てきたため、当初は栃木県内の子供だけで活動していましたが、県南や県外の希望者が増えてきました。しかし、部員数が増加したことに伴って『指導者が少ない』ということが問題になっていました」(髙橋監督)

 矢板中央には以前からサッカー部寮があり、約20人が寮で生活していた。ただし、全国大会出場を重ねるチームでの挑戦を希望する選手が増え、希望者全員の受け入れが難しい状況になっていた。サッカー部は学校側に新たな寮建設の希望を出したが、少子化の中で地方の私立校には建設できる「体力」がなく、「NO」という回答を突きつけられた。

 当初は身の丈にあった部員数で活動することや90人程度まで部員を絞ることも考えたと髙橋監督は言う。しかし、「人口3万人の小さな町に全国から志を持ってやって来てくれる子供たちがいる」と感じた髙橋監督は生徒たちの思いに応える決断をする。

「学校にできないのであれば、自分たちで運営母体をつくろうと思いました。話し合いを何度もして学校ともいろいろ交渉してぶつかったときもありましたが、結果、『一般社団法人』という形をつくって『矢板セントラルスポーツクラブ』の代表を私が兼務していいという許可を学校側からもらいました。その中で寮を私たち独自で建設し、寮運営をする形態をつくったのです」(髙橋監督)

サッカー部の執念で
寮を新設し、部員を受け入れ

画像: 「若くて将来性と情熱のある優秀な指導者の卵たちに、サッカーや好きなスポーツで生活していく環境を提供したい」(金子文三コーチ)との思いから、2016年に髙橋監督と共に『一般社団法人矢板セントラルスポーツクラブ』を立ち上げた ©吉田太郎

「若くて将来性と情熱のある優秀な指導者の卵たちに、サッカーや好きなスポーツで生活していく環境を提供したい」(金子文三コーチ)との思いから、2016年に髙橋監督と共に『一般社団法人矢板セントラルスポーツクラブ』を立ち上げた ©吉田太郎

 16年6月、髙橋監督は矢板セントラルスポーツクラブを立ち上げた。県外からの生徒を受け入れる計画書を元に、地元の銀行から融資を受けることに成功した。ただし、髙橋監督自身にとって負担の大きなものとなった。

「最初は家族にも反対されました。『リスクを背負ってやることじゃないでしょう』と言われたりして、すごく悩みました。ただし、リスクは高いけれどもチーム強化や発展のためには寮がないといけませんし、指導者がいないといけないと思ったのです」(髙橋監督)

 加えて、金子コーチは若手指導者の生活環境が保証されることも求めていた。それまで、髙橋監督や金子コーチら教員を除く外部コーチはサッカー部の保護者会費の一部を収入源にしていた。生活を安定させるほどの収入を得ることができないため、やりたくても長続きすることができない状況だった。

「若くて将来性と情熱のある優秀な指導者の卵たちに、サッカーや好きなスポーツで生活していく環境を提供してあげることが(すべての事業の)大きな目的でした。若い指導者の情熱にはいつも頭が下がります。私より年下のコーチたちがいつか日の目を見られる舞台を用意してあげたいと切実に思っていました」(金子コーチ)

 髙橋監督と金子コーチは一歩を踏み出すことになった。

 銀行から融資された資金によって矢板セントラルスポーツクラブは80人の高校生が生活できるサッカー部寮を新設した。学校側に建設費用の負担をかけることなく、有力選手や矢板中央で挑戦する意志を持つ部員を受け入れることができた。学校側も寮の敷地を無償提供することで協力した。「生徒を増やしたい学校側」と「強化につなげたいサッカー部」だったが、矢板セントラルスポーツクラブの存在が「ウイン・ウイン」の関係を築くことになった。

 また、矢板セントラルスポーツクラブはその立ち上げと同時に、関東社会人リーグに所属する『ヴェルフェ矢板』のジュニアユースを受け継ぐ形で『矢板SC』というジュニアユースクラブも発足させた。矢板セントラルスポーツクラブが外部コーチと契約し、矢板中央と矢板SCで指導する形態をとった。その結果、矢板SC専任を含めると計8人の外部コーチを確保できた。

 163人の矢板中央サッカー部員をサポートする指導体制を整えた上、矢板SCと矢板中央の中高一貫指導体制をスタートすることもできた。矢板SCは18年に早くも『関東クラブユース選手権(U―15)大会』に初出場している。

 矢板中央は約10年前に専用グラウンドを人工芝化した。そして現在は、新寮の建設によって選手間競争がさらに激化している上、スポーツ選抜クラスの生徒だけでなく、進学クラスの生徒も専攻実技としてサッカーを選択している状況だ。充実したコーチ陣の存在も含め、日本一を目指すチームは全国クラスの強豪と変わらない環境を手にすることができている。

(取材・構成/吉田太郎)

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