ソフトボール・マガジンで連載中の『さゆ先生のピッチングクリニック』。元日本代表の山根佐由里さんによる、ピッチングの技術紹介企画です。ソフトボール・マガジンWEBでは、過去に掲載した記事を順々に紹介してきます。今回は、その7回目。ピッチング技術を紹介する前に、山根さんのソフトボール人生を振り返っていただきました。

社会人時代の思い出
(1)基礎を学んだレオパレス21

 レオパレス1年目は、3月のトヨタオープンからいきなり登板機会をいただきました。そこでの結果を見て、監督もいけると思ってくださったんでしょうか。その年は、チーム状態があまりよくなくて、2節の日立ソフトウェア(現日立)戦で敗戦処理として投げたのが、リーグデビューでした。その最初のバッターが山田(恵里)さん。インコースをライト前に運ばれました。あれは、今でも忘れられません(苦笑)。

 その翌々日は、上野(由岐子)さんのいるルネサス高崎(現ビックカメラ高崎)戦でリリーフしたんですが、3回を投げて0点に抑えられた。そこらへんから機会をいただけるようになったと記憶しています。翌週にはミッシェル(・スミス、元豊田自動織機)と投げ合うことができました。1年目は怖い物知らずだったんでしょう。試合で投げることが楽しくてしかたなかったです。

 ただ、練習では叱られてばかりいました。監督にはメンタル面を鍛えていただきましたし、感謝の気持ちを持つことの大切さを教えていただきました。ミーティングのたびに、「あなたたちがソフトボールをプレーできるのは会社があるから。会社に感謝しなさい」といつも言われていました。

 技術面を振り返ってみると、レオパレス1年目は真っすぐとチェンジアップしか投げていませんでしたが、2年目になる前に監督から変化球を勉強するように言われました。最初は、キャッチャーの(ナタリー・)ティッカムに教わりました。オーストラリア代表キャッチャーだったので、いろいろ知識を持っていたんです。

 次に、(メラニー・)ローチ(元SGホールディングスコーチ)と入れ替わりで入ってきたアメリカ人の(エンジェラ・)ティンチャーにスピナー(変化球の回転を身に付けるための円盤状の練習道具)を使って練習する方法を教えてもらいました。スピナーはボールで練習するよりも、指先で回転の感覚をつかみやすい。

 高校時代は遊び感覚で試していた変化球でしたが、実業団に入ってやっとしっくりいくようになりました。秋元(理紗、現伊予銀行監督)さんの球を受けていたのも勉強になりました。球の回転を見ていたのでイメージしやすかったんですね。そういうふうにして覚えていきました。

 新人賞までいただいた1年目でしたが、2年目は研究されて1年目のようにはいきませんでした。何も考えずに投げていいのは1年目だけ。実業団で投げるには、頭で考えることが必要だと感じました。しかし、頑張っていた矢先に、レオパレスが廃部。私はトヨタ自動車に移籍することになりました。(ソフトボール・マガジン2018年11月号掲載記事)

講師プロフィール

山根佐由里(元トヨタ自動車)
やまね・さゆり/1990年1月24日、三重県出身。右投右打。投手。宇治山田商業高-レオパレス21(2008年~09年)-トヨタ自動車(10年~17年)。高校3年時に世界ジュニア選手権で準優勝。レオパレス21時代の実業団1年目に新人賞に輝く。トヨタ自動車移籍後、12年から16年までの5年間でリーグ記録の42連勝を打ち立て、14年には最優秀投手賞を受賞。日本代表では10年、14年、16年と世界選手権出場。17年限りで現役引退。

画像: 講師プロフィール

おすすめ記事

ソフトボール・マガジン 2020年1月号


This article is a sponsored article by
''.