Playbackシリーズ「突撃! 研究室訪問」第11回は、早稲田大学スポーツ科学学術院・リー・トンプソン教授の研究室に突撃!スポーツとメディアの関係に迫った。
※本稿は『コーチング・クリニック』の連載「突撃!研究室訪問」第90回として、2018年8月号に掲載したものを再構成したものです。

※スポーツとメディアの関係を研究するリー・トンプソン教授
写真:コーチング・クリニック

力道山が研究の原点に

 私たちは多くの場合、メディアを通してスポーツと接している。

 テレビ越しに見る、緊迫したスポーツの一場面。唇を真一文字に結んだ選手の決意に満ちた表情や、胸の前で手を組んでプレーを見守る観客たち。あるいは新聞に踊るセンセーショナルな見出しや、決定的な瞬間の写真など。何気なく目にするこれらはしかし、スポーツをそのまま純粋に伝えるものではなく、なんらかの意図の下に切り取られたものである。

 早稲田大学スポーツ科学部で毎年、定員の上限を超える希望者が集う人気ゼミである「スポーツとメディア」。その指導を行っているのがリー・トンプソン先生だ。

 アメリカ西部に位置する、自然豊かなオレゴン州出身のトンプソン先生が初めて日本を訪れたのは、ルイス・アンド・クラーク・カレッジの2年生だった19歳のとき。交換留学生として5ヵ月ほど滞在し、初めて触れた日本語に惹かれ、帰国後に国際基督教大学(ICU)に編入。寮で暮らしながら日本語を学んでいるうちに、NHK教育テレビ番組「A Step to English」で講師を務める機会があった。そこでふれた日本のメディア、特にテレビに興味を持ち、大阪大学大学院の人間科学研究科で社会学を専攻した。

 日本とテレビの歴史をひも解くと、真っ先に浮かんできた人物が、プロレスラーの力道山だった。テレビ放送が開始された1953年から約10年間、不動の人気を誇っていたのが力道山。とりわけ、外国人レスラーをなぎ倒す活躍が絶大な反響を呼んでいた。

「朝鮮半島出身の彼が、日本人の英雄となっていたことが面白いと思い、スポーツとメディアの関係性を研究するようになりました」

 89年から大阪学院大学国際学部で講師、助教授を務めたのち、2003年に新設された早稲田大学スポーツ科学部で教授に就任。現在まで教鞭を執っている。

スポーツ報道の裏に隠された意図

 ゼミで教えるのは、スポーツとメディアの関係を通じた社会学。男女の性差や人種によるステレオタイプなど、私たちを取り巻く“常識”を疑い、再認識する。暮らしている社会から距離を置き、客観的に見る力を養うことがテーマだ。

「学生は若く、社会に溶け込むことに一生懸命で、世のなかを客観的に捉えることには慣れていません。近年は、理論的なことよりも、方法的な考え方に重きを置き、内容分析という手法を取っています」

 内容分析とは、集約した情報を定量的に解析する方法だ。例えばCMでスポーツ選手が起用される際の、男女のアスリートの描かれ方の違いを調べる場合はまず、スポーツ選手が登場するCMを集め、それを男性選手と女性選手で分類する。それらを、スポーツをしているシーンがあるか、それともないか、あるいは真剣な表情か、笑顔か、というように細分化。実際に数えて数値化することで、全体的な傾向を明らかとなる。

 そうすることで、たくましさを求められる男性はユニフォームを着て、真剣な表情でその競技の動きをする場面が多い一方、華やかさを求められる女性は私服で、笑顔でポーズを取る場面が多いなど、ジェンダー的な差を明確にすることができるのだ。

「スポーツとメディアは非常に深い関係性があります。昨年に、日本大学のアメフト部員のラフプレーが問題となりましたが、これだけ大きな関心を集めたのは、メディアがあるからこそ起こる現象です。タックルの瞬間が映像として残り、それがニュースで繰り返し流されることで、多くの人がそれを目にし、話題となる――。それはメディア的な事例だと感じました。当事者ではない私たちにとって、あの事件はメディアを通してしか知ることができません。メディアがあのプレーをどう描くかによって、私たちの理解の仕方も変わります。学生たちにはそのことを強調しています。私たちがメディアを通して知っていることは、誰かが『こうやって報道しよう』という意図をもって手を加えているものなのです」

情報を判断する力

 インターネットが発達し、学生たちは子どものころから、ネットニュースやツイッター、フェイスブックなどのSNSと接して育ってきた。ありとあらゆる情報が氾濫するなかで、新聞やテレビなどの制度的なメディアに不信感をもつ学生が増える半面、トンプソン先生はもう1つの傾向を感じている。

「自分たちが得た情報の出どころを判断することは苦手だ、という印象を受けます。どの情報も同じレベルで見てしまい、誰が発信したものかというところまでいっていません。何かを調べて授業で発表するような場合、『これはどこの情報ですか?』と聞くと、『ネットで見つけました』という答えが返ってきます。『それはどこのサイトですか?』とさらに聞くと、『分かりません』ということもあります。接する情報量が多くなった分、その真意を確かめる力が必要になります。単純に『メディアを信用してはいけない』ということではなく、メディアが提供する情報を、しっかりと判断することが大切です。複数の情報源から得て比較したり、立場が違う2つの意見を聞いたりする、ということです」

 学生たちが「今までそんなこと考えたことはなかった」「世のなかが違って見えるようになった」などの“目からうろこ”だと感じてくれたときに、喜びを感じるというトンプソン先生。現在はゼミを含めて週に7コマの授業を持ちながら、日本スポーツ社会学会の会長を務めるなどの多忙な日々を送るが、その合間を縫って、20年の東京オリンピックの報道のされ方を調べるなど、自身の研究も精力的に行っている。

「学生には、自分と、自分が住んでいる社会との間に距離を置き、客観的に見るスタンスを学んでほしいですね。世の中で、自分の居場所を見つけようとしている20歳前後の若者には難しいところもあるかもしれませんが、将来的にでもいいから思い出してくれたらうれしいですね。そして、私たちが『当たり前だ』と思っている社会のあり方――、男性はこう、女性はこう、日本人はこう、外国人はこう、若い人はこう、老人はこう、というイメージはすべて、自然なものではなく、社会的につくり上げられている像の1つだと意識してほしいと思っています。それが間違っているというわけではないですが、なぜそのようになっているのかを考え、自分がどういう社会をつくりたいのかを考えてほしいですね」

 確固たる価値観をもち、社会に貢献できる人材の育成を。幅広い視野で、学生たちをサポートしていくつもりだ。

画像: ゼミの3年生たちと

ゼミの3年生たちと

PROFILE

リー・トンプソン◎大阪大学大学院の人間科学研究科で社会学を専攻し、博士後期課程を修了。大阪大学人間科学部助手、大阪学院大学国際学部講師、助教授を務め、2003年から早稲田大学スポーツ科学部教授に就任。スポーツとメディアについて研究し、日本スポーツ社会学会の会長、国際スポーツ社会学会の編集委員などを務める。主な論文に「プロレスのフレーム分析」(1986)、「史上最も成功したメディア・イベント--アメリカにおける2016年リオ五輪のテレビ放送--」(2017)などがある。


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