※写真上=圧倒的な強さを維持し続けるピーティ(左)と1980年代に一時代を築いたルンドクイスト
写真◎Getty Images

ふたりが活躍した時代のルールの違い

 昭和の水泳ファンに対して、「当時の世界一速いブレストストローカーは誰か?」と問えば、必ず出てくるのがこのスティーブ・ルンドクイストでしょう。

 1984年ロサンゼルス五輪の男子100m平泳ぎ金メダリスト。今回の参考動画で確認できますが、ゴール前にカナダのビクター・デービスに追い込まれるも、抜群のスピードで先行逃げ切りを果たし、人類初の1分1秒台に突入しました。予選でオリンピック新記録を出した米国のジョン・モフェットが、その予選の激泳によって右足大腿部の肉離れを起こしたことも考えると、それをも上回ったルンドクイストのこのタイムは、恐らく、当時の人類の限界値に近いタイムだったのではないかと思います。

 平泳ぎは、1950年代ではまだ「潜水泳法」が許されていましたが、その後、国際水泳連盟(FINA)によってスタート・ターン後の「ひとかき・ひとけり」の潜水制限がなされます。泳ぎの局面では、「常に身体の一部が水面のライン上に出ていること」とされたのです。

 86年のルール改正で、「1ストローク中に必ず身体の一部が水面のライン上に出ること」とされ、グライド時に「潜る」という選択が可能になりましたが、ルンドクイストの泳ぎがなぜ「最速の泳ぎ」という印象が強いかというと、彼の次の世界記録更新が、89年欧州選手権でのエイドリアン・ムーアハウス(英国)の1分1秒49。ここまでルール改訂から3年、ルンドクイストの新記録樹立から数えると、なんと5年もの歳月が必要となったからです。

 その後、さらにルールは改訂されます。2004年のアテネ五輪後に、スタート・ターン後の「ひとかき・ひとけり」の潜水動作の際、1回だけドルフィンキックが入ることが許されるようになります。加えて2010年にはバックプレート付きのスタート台が使用されるようになり、このような経緯を経て、現在のアダム・ピーティの泳ぎが出てきたのです。

先行逃げ切り型を表す前後半の比率

 さて、今回はそんなふたりの泳ぎを、ルンドクイストはロサンゼルス五輪男子100m平泳ぎ決勝の動画から、ピーティは今年の欧州選手権男子100m平泳ぎ決勝の動画をサンプルとして、検証してみました。

●参考動画/ルンドクイスト 1984年ロサンゼルス五輪

https://www.youtube.com/watch?v=tjmJIo9856o&list=PLv4g_Lrh40u8fpB7r3Kf-9yFSfbMukhhQ&index=32&t=0s

●参考動画/ピーティ 2018年欧州選手権

画像: 100M Breaststroke Men Final - European Swimming Championship 2018 www.youtube.com

100M Breaststroke Men Final - European Swimming Championship 2018

www.youtube.com
画像1: 先行逃げ切り型を表す前後半の比率

 彼らのレースは、いずれも先行逃げ切りのパターンなのですが、この表を見ると、なんとトータルタイムに対する前後半のタイム比率が、ほぼ同じであることがわかります。泳ぎのルールが改訂されただけでなく、現代ではスタート台にバックプレートがついたり、水中でのドルフィンキックが許されたりしていますし、ブーメラン水着とノーゴーグルだったルンドクイストに対して、さまざまな改良がなされたレース用水着や、スイムキャップが施されているピーティ…という違いが明らかであるにもかかわらず、タイム比はほとんど変わらないというのが、ものすごく興味深いですね。

 そんなに違わないものなのか? という読者の皆様の疑問もあると思いますし、私自身もそう思い、試しに北島康介の2012年日本選手権(ロンドン五輪選考会)のレースをサンプルにして、同様の検証をしてみました。

画像2: 先行逃げ切り型を表す前後半の比率

 こうやって見ると、ストローク数の配分はそれほど変わりませんが、ペースの方は、北島は前後半の比率の開きが、ルンドクイストやピーティと比べて少ないことが、一目瞭然です。これらのことから、ルンドクイストもピーティも、かなり前半から突っ込んだレースをしているということは、共通している特徴であるといえるでしょう。

 彼らの泳ぎの特徴をあげるとすると、ピーティ、ルンドクイストといった「スピード型の平泳ぎ」に共通するのは、ピッチの速さですね。北島時代に主流となった「キック・グライド重視」の平泳ぎから逸脱し、プルへの依存が高くなっているように思えます。

画像: 各区間のピッチ(1ストロークにかかった時間)

各区間のピッチ(1ストロークにかかった時間)

 ふたりのレースの、各区間のピッチ(1ストロークにかかった時間)を、画面がブレない区間だけを抽出して計測し、図に示してみました。

 ルンドクイストは、前半の25mの出力をキック重視にして調整しつつ、後半に向けて徐々にピッチを上げているのがわかります。一方、ピーティの方はスタート後に加速を高め、25m過ぎから50mまでは少し抑えている感じがします。その後、再び徐々にピッチを上げていくところは、両者共通しています。ふたりとも、最後の局面で1ストロークが1秒切るほどのテンポアップをしています。

 グラフからは、平然とふたりがほぼ1ストロークを1秒前後で、100mを泳ぎきっているのが見てとれますが、これは本当に驚異的なピッチの速さと持続力です。「どれだけプルが強いんだ?」という感じですね。

 ふたりのピッチの速さに若干の違いがあるのは、恐らくリカバリーにかかる時間の違いかと思われます。水中で腕のリカバリーをしているルンドクイストに対して、水面ギリギリでリカバリーをしているピーティの方が、リカバリーが少し速いように見えるからです。ともに肘があばらにあたるくらい、かなり腕を後ろへ引くので、その分手先を前へ戻す距離も長いのですが、前腕を水面上で戻すか水中で戻すかで、時間差が生じているのでしょう。

 一方で呼吸時の頭の高さは、ピーティの方がかなり高いですね。ルンドクイストの時代は水没できなかったので、どこかで上体を沈めるときに頭が沈まないよう、頭の着水時に姿勢をコントロールしなければなりませんでした。今は、そこに気を使う必要がなくなったため、どこまでも遠慮なく高さを追求でき、その頭の前方への振り子的な加速が加わることによって、ピーティの方がさらに高い推進力で泳げているのではないかと思います。

 何にしても、このふたりの体型を見れば一目瞭然ですが、共通するのは抜群のストレングスの高さと豊富な筋肉量です。このふたりの「ウェイトトレーニング対談」とか見てみたいものです。

文◎野口智博(日本大学文理学部教授)

画像: スティーブ・ルンドクイスト(Steve Lundquist)●1961年2月20日生まれ、米国・ジョージア州出身。1984年ロサンゼルス五輪で100m平泳ぎ、400mメドレーリレーで金メダルを獲得。また、1982年グアヤキル世界選手権でも前出の2種目で優勝を果たしている。200m平泳ぎ、200m個人メドレーでも高いレベルの泳ぎを見せていた。 写真◎Getty Images

スティーブ・ルンドクイスト(Steve Lundquist)●1961年2月20日生まれ、米国・ジョージア州出身。1984年ロサンゼルス五輪で100m平泳ぎ、400mメドレーリレーで金メダルを獲得。また、1982年グアヤキル世界選手権でも前出の2種目で優勝を果たしている。200m平泳ぎ、200m個人メドレーでも高いレベルの泳ぎを見せていた。
写真◎Getty Images

画像: アダム・ピーティ(Adam Peaty)●1994年12月28日生まれ、英国・ユートクセター出身。2016年リオ五輪の100m平泳ぎ、世界選手権の50、100m平泳ぎでは2015年カザン大会、17年ブダペスト大会と2大会連続で優勝を果たしている。言うまでもなく、現在を代表する平泳ぎの第一人者で、50m平泳ぎ(25秒95)、100m平泳ぎ(57秒10)の世界記録保持者。 写真◎Getty Images

アダム・ピーティ(Adam Peaty)●1994年12月28日生まれ、英国・ユートクセター出身。2016年リオ五輪の100m平泳ぎ、世界選手権の50、100m平泳ぎでは2015年カザン大会、17年ブダペスト大会と2大会連続で優勝を果たしている。言うまでもなく、現在を代表する平泳ぎの第一人者で、50m平泳ぎ(25秒95)、100m平泳ぎ(57秒10)の世界記録保持者。
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