アメリカ・ニューヨークで開催されている「USオープン」(8月26日~9月8日/ハードコート)の男子シングルス準々決勝----。38歳の身体と、自らのフォアハンドに裏切られ、第3シードのロジャー・フェデラー(スイス)は大会をあとにした。

 背中上部と首の不具合にわずらわされ、フェデラーはそれほど難しくないショットをミスし続け、一度も負けたことのなかった男に対して奪ったリードを浪費し続けた。それらすべての結果、彼は火曜日の夜、アーサー・アッシュ・スタジアムの驚愕した観客の目の前で、世界ランク78位のグリゴール・ディミトロフ(ブルガリア)に6-3 4-6 6-3 4-6 2-6で敗れたのである。

「グリゴールが僕を片付けた」とフェデラーは言った。「僕は持てるものを使って戦ったよ」。

 21番目のグランドスラム・タイトルと6度目のUSオープン優勝杯を追っていたフェデラーは、あるポイントのあとに背中をひねったように見え、その後、ひねったあたりに違和感を感じるようになったと言った。

 フェデラーは第4セットのあと、彼にしては非常に稀なメディカル・タイムアウトをとり、トレーナーとともにコートを離れた。10分弱の中断のあとにプレーは再開されたがフェデラーの調子は決して回復しなかった。

「彼は少しペースを落とし始めた」とディミトロフは言った。「間違いなく、試合終盤の彼は100%ではなかったよ」。

 フェデラーはアウトしたりネットに引っかけたりと、そこここでミスをし、ディミトロフの勝利に貢献し続けた。

 スタッツ(試合統計)は仰天させられるようなものであり、フェデラーがこの夜いかに不調だったかを示していた。彼は61本ものアンフォーストエラーをおかし、そのうち33本がフォアハンドからだった。一方、ウィナーの合計は44本にとどまった。

 そんなわけで、彼のセットカウント2-1のリードは消え去ってしまったのだ。

「第4セットの出だしは理想的ではなかった」とフェデラーは言った。「第5セットの出だしも理想的じゃなかったけどね」。

 フェデラーはこの試合に先立ち、ディミトロフに対して7戦全勝の対戦成績を誇り、戦った18セットのうち16セットを取っていた。彼より10歳若いディミトロフは、フェデラーに類似した片手打ちバックハンドとオールラウンドなプレースタイルゆえ、かつて〈ベイビー・フェド〉とあだ名されていた選手だ。

 フェデラーは、勝っていれば1991年に39歳でベスト4に進んだジミー・コナーズ(アメリカ)に次いで年齢の高い準決勝進出者となり、56度目のグランドスラム大会ベスト4入りを果たせていたはずだった。

「1、2の難しいスタート(1、2回戦)のあと、すごくいいプレーをしていると感じていたので、終わってしまってただただ残念だ」とフェデラーは言った。

「ある意味で好機を逃してしまった」


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