1月26日に行われた大阪国際女子マラソンは、松田瑞生(ダイハツ)が日本歴代6位となる2時間21分47秒で優勝。残り1枠の東京五輪マラソン代表の第一候補に名乗りを挙げた。

写真上=松田は昨年9月のMGCで4位に終わった悔しさを晴らす快走で五輪代表の第一候補に
写真/中野英聡(陸上競技マガジン)

 松田瑞生(ダイハツ)にとって、今回の大阪国際女子マラソンは、自分自身の記録との戦いでもあった。

 東京五輪に出場するための絶対条件は、MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)ファイナルチャレンジ設定記録として定められた2時間22分22秒を突破すること(なおかつ、複数の突破者が出た場合は、その記録最上位の者が選出される)。そのMGCファイナル設定記録は、MGCシリーズ開催期間(2017年夏〜2019年春)の日本人女子選手の最速タイムよりも1秒速く設定されている。その基準となったのが、松田が18年のベルリンマラソンでマークした日本歴代9位の2時間22分23秒だった。

 だが、松田が目指していたのは、MGCファイナル設定記録よりもさらに高いところだった。

「日本記録(2時間19分12秒)を目指してこそ、2時間22分22秒を切れると思っていたので、日本記録を目指して走っていました」

 その果敢なチャレンジが、好結果に結びついたのだろう。

 ペースメーカーの予定ペースは5㎞16分40秒〜45秒だったが、入りの1㎞を3分18秒で入ると、5㎞を16分36秒、5〜10㎞を16分31秒と、ハイペースでレースは進んだ。

「もともと後ろを見ながら走る選手が大嫌いで、私はペースメーカーしか見ていなかったし、自分を超えることが最大の目標でした。他の選手を気にしていると、自分の走りができなくなるので、レースでは自分(の走り)に集中していました」

 ペースメーカーは、先週ハーフマラソンで日本記録をマークした新谷仁美(積水化学)が12㎞まで務めたが、松田はその斜め後ろにぴたりと付けた。

 実際には「新谷さん、ちょっと速いってずっと思っていました」だそうだが、時には新谷の前をうかがっているように見えた場面もあった。

 このとき、松田を指導する山中美和子監督の脳裏をよぎったのは、自身にとって実質初マラソンとなった2003年の大阪国際女子マラソンだった。

「17年前に、私がここでマラソンを走ったときも、調子が良すぎて、ペースメーカーの前に出たりしていたんです。でも、脚が詰まってしまい、5㎞ぐらいで足にマメができてしまいました。折り返しでマメが潰れて、脚が動かなくなってしまい、途中棄権したんです。松田には“それだけは…”と思っていました」

 だが、山中監督の心配をよそに、松田のペースは衰えなかった。

画像: 山中監督(左)は自身の現役時代の経験から不安もよぎったというが、松田のペースは衰えなかった 写真/中野英聡(陸上競技マガジン)

山中監督(左)は自身の現役時代の経験から不安もよぎったというが、松田のペースは衰えなかった
写真/中野英聡(陸上競技マガジン)

 今回の大阪に向けては、昨年9月のMGC前とは基本的な練習の流れは変えなかったが、マラソントレーニングの前半はペースを抑えて距離を求めつつも、スピード練習になると「マラソン練習とはいえ、スピード練習の水準を落とすのはよろしくないと思った」(山中監督)と、これまでよりも速いペースで行ったという。

 また、監督から課された練習にプラスして、松田はこれまで以上に距離を踏むことを課し、月間走行距離が1300㎞に及んだこともあった。

 5㎞を16分30秒台で刻んでいたペースも、25㎞過ぎにはさすがにペースダウンしたが、松田は最後までポジティブだった。

「ハーフを超えたらきつくなるのは自分で一番分かっていたし、高橋尚子さんに“1300㎞走ったことは絶対に後半に生きてくる”と言われていて、きつくなったときにその言葉が浮かんだので、“このままのペースでいけば、いいタイムが出るんちゃう”ってプラスに考えるようにしていた。不安はあんまりなかったです」

 31㎞で先頭に立つと、そこからは一人旅。そして、日本歴代6位となる2時間21分47秒で優勝のフィニッシュテープを切った。

画像: 会心のガッツポーズでフィニッシュテープを切った松田 写真/中野英聡(陸上競技マガジン)

会心のガッツポーズでフィニッシュテープを切った松田
写真/中野英聡(陸上競技マガジン)

 東京五輪出場に向けて、まずは大きな壁を乗り越えた。代表に選出されるかは、MGCファイナルチャレンジ最終戦となる名古屋ウィメンズマラソン(3月8日)が終わるまで分からないが、序盤から他を寄せ付けず、2時間20分台、21分台の海外招待選手をも破って優勝を果たしたことは、浪速路に大きなインパクトを残したことは間違いない。

文/和田悟志

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