米カレッジフットボールでは第15週に歴史的な出来事が2つあった。12月11日のアリゾナ州立大学対アリゾナ大のライバル対決では、アリゾナ州立大のRBジャクソン・ヒーが、最上位カテゴリーFBSで初めて中国生まれの中国人選手としてタッチダウンを記録した。翌12日のテネシー大学対バンダービルト大学戦では、有力5大カンファレンス「パワー5」で初の女性選手、バンダービルト大キッカーのサラ・フラーが初めて得点をした。偶然にも同じ「32」を付けた2人が大きな話題となっている。
「漢字で書かれたネームが誇り」初のTD、RBジャクソン・ヒー現地12月11日金曜日、PAC12カンファレンスのアリゾナ州立大はライバルのアリゾナ大を圧倒し、記録的なペースで得点を重ねた。第4クオーター7分、63-7から、69点目となる1ヤードのタッチダウン(TD)ランに、選手たちはまるで決勝TDを挙げたかのように大喜びし、得点者を祝福した。その中心にいたのは、小柄だががっちりしたヒーだった。ユニフォームの背番号32の上には「何佩璋」と漢字で名前が表記されていた。
中国生まれの中国人選手として、FBSで初のタッチダウンを記録したRBヒー。背中の名前は漢字表記だ=photo by Getty Imagesヒーは背中の名前を指さし誇らしげだった。その時の心境を「私は、何か違うものを代表している。背中に、このネームプレートを背負っているのは本当にクールだ。(漢字で名前を入れてくれた)ASUの用具スタッフに感謝している」と語った。
アリゾナ州立大のチーム公式ツイッターは、THE FIRST CHINESE BORN PLAYER TO SCORE A TOUCHDOWN IN FBS HISTORY.「FBSの歴史上、初めてタッチダウンで得点した中国生まれの選手」と投稿した。
スマホアプリ・WeChatの「中国海外中国ネットワーク」によれば、ヒーは1997年中国・広東省生まれという。17歳の時に広東の韶関市からアメリカに留学、そこでフットボールを2年間プレーした。その後米の大学に進学したが2018年に中国に戻り、国内アメフトリーグのチームで活動。2019年から再渡米しアリゾナ州立大学へ編入した。
アリゾナ州立大のフットボールチームには、ウォークオン(奨学金のない一般入部選手)として加わり、持ち前の運動能力と鍛えあげた175センチ100キロの肉体、戦術理解の深さでコーチの信頼を勝ち取った。
アリゾナ州立大のハーマン・エドワーズヘッドコーチ(HC)は、「ジャクソン・ヒーはサイドラインの皆から愛されていた。我々はゲームに彼を投入したが、驚くべきことにTDまで取った」と語った。ヒーは4回目のボールキャリーでTDを決めたが、エドワーズHCは2プレーぐらいを想定していたという。
NFLで長いコーチ経験を有し、日本のファンにもお馴染みのエドワーズHCは、ジェッツHC時代の2003年8月には、アメリカンボウル(東京ドーム)で日本人WRの井本圭宣さん(元ノジマ相模原ライズ、現中央大コーチ)へのロングパスをコールしたこともある。そのエドワーズコーチにとっても、ヒーのTDは予想外だった。
「ウォークオンで、2年間ずっと頑張ってきたキッド(ヒーを指す)にとっては、本当に大きなことだったんだよ」
米でのファーストネーム、ジャクソンは、大好きだったマイケル・ジャクソンから取ったというヒーは会見で語った。
「僕は最初の(TDを挙げた)1人だが、最後の1人ではない。この舞台を踏んで、そして得点する中国人選手はこれからもっと増える」
「問題は、それを私ができるかどうかだった」初の得点、Kサラ・フラー
サイドラインで、愛らしい笑顔を見せるバンダービルト大の女性Kフラー=photo by Icon Sportswire via Getty Images
現地12月12日土曜日、サウスイースタンカンファレンス(SEC)のバンダービルト大はテネシー大と対戦していた。同じテネシー州の大学だが、テネシー大は全米王座に何度も輝いたことのある名門で、QBペイトン・マニング(元コルツなど)、DEレジー・ホワイト(元イーグルスなど)ら歴史的な名選手を輩出してきた強豪だ。バンダービルトにとっては格上の相手だった。
バンダービルト大は第1クオーター13分にTDパスを決めると、エクストラポイントの場面でバンダービルト大サイドラインは、キッカー、サラ・フラーを送り込んだ。2週間前、初出場の試合(対ミズーリ大戦)では、無得点に終わったためキックを蹴る場面が1度しかなかった。今回は得点をする機会を与えられた。
フラーは集中すると難なくキックを決め、他の選手たちとタッチをかわした。「パワー5」史上初めて得点した女性選手となったのだ。
フラーの出番は後半にもあった。第4クオーター、バンダービルト大のこの試合2本目のTDでエクストラポイントを決めた。しかし、フィールドゴール(FG)やキックオフのボールを蹴る機会はなかった。新型コロナウィルス感染症の隔離から復帰したキッカーが別にいたからだ。
フラーは試合後に「ここまでの期間ずっと、チームが問題にしていたのは、私がそれをできるかどうか。私がそれを行うに足るだけの能力を持っているかどうかということだった」と語った。
「私が女の子かどうかということは問題ではなかった。そこが、私が本当に感謝したいこと。今日という一日の終わりに。チームは私をアスリートとして扱ってくれたし、それこそが私が最も望んでいたことだった」
2週間前、フラーの出場が全米のニュースとなった中で、バンダービルト大はデレク・メイソンHCを解任した。敏腕コーチとして期待されたメイソンHCの解雇は、チームにも大きな動揺を与えた。スカラシップを持った選手が次々にチームを離れた。他大学への転校生ポータルに登録した選手や、NFLドラフトに備えるためにチームを離れた選手もいた。この試合に臨んだ、スカラシップの選手は11人しかいなかったという。そんな中で、フラーは練習を続けていた。
バンダービルト大の最終戦は、12月19日のジョージア大戦だ。12月5日に予定されていながら延期となった試合だが、全米ランク9位のジョージア大は強敵だ。フラーの3試合目の出番があるかどうかはわからない。
フラーは学業ではバンダービルト大を卒業し、ノーステキサス大の大学院へ進む。サッカーでは同大のチームからリクルートされていてGKとしてプレーすることが決まっているという。同大のサッカーチームは、COVID-19のため2020年のシーズンを2021年春にずらしている。フットボールのシーズンと重ならないことになれば、フラーがキッカーとしてプレーすることも十分に考えられそうだ。
ノーステキサス大が所属しているカンファレンスUSA(C-USA)は、FBSに加盟しているが、SECほどの高いレベルではない。著名なOBには、NFLの伝説的名選手ジョー・グリーン(元スティーラーズ)がいる。
試合前にキックの練習をするバンダービルト大の女性Kフラー=photo by Icon Sportswire via Getty Images