講演トーク会に登壇した、左から葛谷智貞監督(司会/府中新町FC)、上田大貴監督(青森山田中学校)、川端暁彦氏(サッカージャーナリスト)
司会 中村憲剛選手(川崎フロンターレ)や名波浩さん(元ジュビロ磐田の監督)の子供たちがサッカーをやっています。彼らは息子たちに対して、いい話をしていそうですが、実はサッカーの話はしないと言います。
中村選手は「ピッチの中で戦ったか?」、名波さんは「ボールを奪われたときに取り返しに行ったか?」、それだけを聞くそうです。そして、どんな良いプレーをしたか、点を決めたかについては聞かないと言います。相手のレベルが自分よりも低ければ、スーパープレーができます。だから、そういったことを聞いても意味がないのです。
保護者は、往々にして「チャレンジしろ」、「仕掛けろ」と子供たちに声掛けしてしまいます。すると子供たちは、いつの間にかチームのためではなく、保護者のためにサッカーをしてしまい、目的がずれていきます。大事なのは目の前の良いプレーよりも、どういう意識を持ってプレーしたかです。サッカーをよく知っている選手たちは、自分の息子に対してそういう話をするわけです。
上田 中学生に対する保護者の関わり方としては、こんな話もあります。入学してしばらくすると、子供が五月病になることがあります。新しい環境に適応できず、精神的に弱ってしまうのです。親元を離れてきた寮生の中には地元に帰りたいと言ってくる子供もいます。
私が監督に就任して間もない頃に、同じ県から来た2人の子供が地元に帰りたいと言ってきたことがありました。私が「人間関係に悩んでいるのか?」、「いじめられたのか?」と聞くと、そういうことではなく、ただ、「ママに会いたい」と言うのです。話し合っても、気持ちはなかなか変わらず、まさに五月病だったと思います。
2人のうちA君のほうは、寂しがる子供のために毎週末、保護者の方が遠方から会いに来ていましたが、8月の帰宅時期になってもA君は立ち直りませんでした。
一方でB君のほうは、保護者の方が「おまえ自身が(青森山田に)行きたいと言ったのだろう。自分の言葉に責任を持てないのは許されないよ。自分が言ったことに最後まで責任を持とう」と言って突き放しました。そのB君も、しばらくはめそめそしながらやっていましたが、そのうちに顔つきがどんどん変わりました。8月の帰宅時期には、保護者の方が「迎えに行く」と言うと、「恥ずかしいから迎えに来なくていい。自分で電車に乗って帰る」と断るまでになっていました。
やがて2人の差は歴然となりました。B君は小学生の頃はトレセンにも縁のなかった選手でしたが、心もプレーも順調に成長し、レギュラーとして全国大会優勝に貢献しました。一方のA君は2年生の途中でサッカーをやめてしまいました。
これは典型的なパターンですが、基本的には子供に責任を持たせることがとても重要です。保護者や指導者が登場するのは最後の最後。手を差し伸べなければいけない状況になったら手を差し伸べてあげる、そういうやり方が非常に大事になります。
司会 保護者側としては、青森山田のエピソードは特別な話と思うかもしれませんが、決してそうではないのです。青森山田に行く子は特別ではありません。基本的にはその地区の一番手ではない子、特別な選手ではない子が行くと聞いています。
上田 4月の入学式や入寮する際の子供たちは、希望に胸を膨らませてとてもワクワクしています。逆に、寮に息子を残していかなければならない保護者の方の中には、帰り際に涙が止まらない方もいます。保護者の覚悟があり、人生の本当の苛酷さをまだ知らない12歳なりの覚悟があるのです。
川端 青森山田は厳しく、高校の黒田剛監督はとても厳しいという中では、上に従う子供ばかりになってしまうと思いがちです。しかし、厳しい黒田監督にも自分の意見を言える選手になっていくという逆の側面もあります。
青森山田高校からアビスパ福岡に入ったディフェンダーの三國ケネディエブス選手は、最初はフォワードでした。そして、高校で試合に出ることができませんでした。すると、本人が「ディフェンダーで使ってほしい」と、センターバックへのコンバートを黒田監督に直訴したのです。黒田監督は、そこまで言うのならやらせてみようと了解しました。そこから試合で使われるようになり、ものすごい努力をしていまがあります。
厳しい黒田監督にも直談判できるメンタリティーが6年間の間に育つ、とも言えると思います。武田選手も、黒田監督に意見を言えるメンタリティーを持っていました。その強さは、彼らの6年間の成長を物語っています。
司会 保護者としては、子供の成長を見守り、我慢し、辛抱することが大事です。
上田 保護者にとっても子供にとっても、我慢や辛抱が大切になります。あれもしたい、これもしたい、でも全国優勝もしたい、プロにもなりたい、そういう選手がそうなれるわけがありません。いろいろなことを我慢して、一番ほしい日本一のタイトルや自分の夢をつかみ取る、そういう強い決意がなければ、目標を達成できません。
すべてを手に入れられる選手などいないのです。何かを達成できた選手は、必ず何かを犠牲にし、我慢や辛抱をしています。そして、日本一のタイトル、レギュラーポジションの獲得、プロになる夢をぶれずに追い求めています。
加えて、保護者が金銭的にもサポートしてくれていることや、大好きなサッカーを青森山田で思い切りやれることに対して、本当に幸せだという感謝の気持ちを子供たちが持てるかどうかもとても重要です。
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