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2020-10-21

【スペシャル・インタビュー】「次世代を担う子どもたちのために」 奥原希望 “あらたな挑戦”を語る

新型コロナウイルスの影響で中断していたワールドツアーが7カ月ぶりに再開。再開後初の大会となったデンマークオープンで、奥原希望はリオ五輪金メダリストのライバルを破り、優勝を果たしている。史上最年少の16歳8カ月で日本の頂点に立ち、4年前のリオ五輪で銅メダルを獲得。男女を通じて日本バドミントンのシングルス史上で初のオリンピックメダルを手にしている。そして、2018年12月には、東京オリンピックでの金メダル獲得をめざし、バドミントン選手としては異例となるプロ宣言。歩みを止めることなく挑戦を続けてきた奥原は、このコロナ禍にあって、新たなチャレンジをスタートさせようとしている。あらゆるスポーツにとっての難局で芽生えたアスリートとしての覚悟、そして彼女を突き動かす原動力について、デンマークオープン出発前に聞いた。

――日本代表の活動がなかった期間も、佐藤翔治コーチの指導で充実した練習ができていたと聞いています。7月に佐藤コーチにお話をうかがった際、奥原選手の状態について「すごくいい状態。今、オリンピックをやってもいいくらい」と話していました。

奥原 知らなかった(笑)。そんなこと言っていたんですか。練習では全然褒められないから(笑)。コーチの“当たり前”のレベルが高すぎて、私は「今日はすごくいいかも」と思っても、「普通でしょ」と言われるので、「あぁ、普通なのか」と思っていました。

――試合があれば、どうしても連戦は避けられない。それがないからこそ、体がいい状態というのもあるのかもしれませんけど。

奥原 そうですね。この約半年、ずっと練習してきて、ケガはないです。オーバーワークすることなく、練習を積み上げられています。もちろん、コロナの影響もあり、練習時間はどうしても短くなりますが、その中でも集中して質のいい練習ができています。本当に今が一番状態がいいですね。だから、今、すごくバドミントンが楽しいんです。国・地域別対抗戦のトマス杯・ユーバー杯も結果的に延期になりましたが、開催に向けて準備をしてきました。デンマークオープンでワールドツアーが再開しますが、“やっと試合ができるんだ”、“やっと始まるんだ”という思いです。今の状態で、自分がどこまで通用するんだろうかという挑戦ですよね。自分のやってきたことを試す場だと思うので、自分の中ですごくワクワクしています。

――奥原選手は、コロナの活動自粛期間でも積極的にファンに向けてSNSの情報発信を続けていました。きっかけや、そこにあった思いなどを教えていただけますか。

奥原 もともと、ヨーロッパの選手たちが試合ごとにファンへのメッセージを発信しているのを見て、マネして始めたのがきっかけです。毎試合ごとに振り返るというのは、自分のプレーの反省という意味でも自分にとってもいいことなんじゃないかと思ったので。さらに、海外のファンから「英語でも発信してほしい」というリクエストがあったので、ツイッターで日本語と英語で投稿するようになったんですね。

すでに私の中ではそれが当然になっていたのですが、コロナの時期になって、試合がない中で、ファンの皆さんに届けられるものが何もない。何を伝えたらいいんだろうか、いつも応援してくれる皆さんに対して、今私ができることは何だろうと考えたときに、先が見えない中でも、何か私の投稿を見て「今日も頑張ろう」と思ってもらえたり、ちょっとでも元気になってもらえたらいいなと思い、自宅でのトレーニングを公開していました。

「今日は何を投稿しよう」「そのために何をしよう」と考えて。私自身もそれに背中を押されることも多かったですね。特に、全英OPが終わってから2週間の自宅待機期間は、何も追われるようなものがない状態で、怠けようと思えば、いくらでも怠けられるし、オリンピックもどうなるかわからないという時期でしたから、自分の中ですごく葛藤があったんです。そんな中で、日記のように毎日投稿することで、自分にとっても大きな活力になりました。

――そうした中で、このコロナ禍の期間に、ご自身の成長を感じた部分というのは何かありましたか。

奥原 ひとりのアスリートとしてバドミントンをプレーしてきたわけですが、今まで、スポーツが世の中からどう見られているか、どう必要とされているのかというのを考えるということがありませんでした。でも、新型コロナウイルスの感染拡大があり、オリンピックの延期などに関してもそうですが、スポーツに対してプラスの意見だけでなく、マイナスの意見、さまざまな声が情報として入ってきました。「スポーツをやっている場合ではない」という意見の方が多いというのを感じましたし、今はそれが現実だということも痛感しました。ただ、そうした声を受け入れつつ、もっと変えていける部分もあるんじゃないかなというのも感じたんですね。この期間は、そうした、さまざまな視点から物事を考えるきっかけにはなりましたね。

――奥原選手が感じたアスリートの価値とは、どのようなものでしょう。

奥原 スポーツ界だけではなくて、アーティストやエンターテイメント業界も活動を制限されましたよね。いろいろな業界で発表の場や活躍の場がなくなっている中で、多くのアーティストの方たちが無観客でのライブ配信を積極的にされて、音楽を届けるすばらしさというのを感じました。配信でも、やっぱり心に届くものがあるし、聴く人によって、それぞれがいろいろなことを感じるわけです。スポーツも同じだなと思ったんです。試合での結果だけではなく、取り組み方や、結果に至る過程で、人々の心に届けられる何かがあるんじゃないかと。だからこそ、スポーツは平和じゃなきゃできないものではなく、平和じゃなくても、平和じゃないからこそ届けられる何かがあるんじゃないかと感じました。

――今回、奥原選手は、スポーツギフティングサービス「Unlim」への参加を決めましたが、そのきっかけを教えてください。

奥原 いろんな選手が参加し始めているのをSNSなどで見て、気になってはいたんです。今、クラウドファンディングが盛り上がっていますが、「Unlim」に関しては、それぞれの選手の活動に対する思いや気持ちに賛同してギフティングしてもらえるということに、すごく魅力を感じました。純粋にアスリートを応援したいという気持ちがそこに表れているんじゃないかなと思ったので、すごくすばらしいサービスなんじゃないかなと感じました。

――「応援だけでは届けられない想い」が“ギフティング(寄付)”という形になるわけですが、このギフティングをどのように活用したいと考えていますか。

奥原 現在、コロナの影響でいろんな方が苦しまれていますが、特に私は次世代の子どもたちの活躍の場がなくなっているということに対して、何かできないかと感じていました。インターハイをはじめ、中学生大会、小学生大会とあらゆる全国大会が中止となりました。私自身も、ジュニアの頃に大きな大会に出場したり、いろいろな経験をしたことで、今があります。そういった舞台での経験というのは、本当にかけがえのないものです。何か代わりになるようなイベントや活動ができたらいいなと思いますし、応援してくださる皆さんからのギフティングを世の中に還元できるようなことに使わせていただけたらいいなと思っています。

――奥原選手自身が子どもの頃に転機となったことやターニングポイントなどはありますか。

奥原 私は小学生のときはタイトルを取ることができなくて、中学に上がって初めて全国タイトルを取ることができたんですね。そうした勝った経験はもちろんですが、負けた試合からも課題が見つかったりと試合でしか味わえない緊張を経験したり、実戦でしか得られないものがたくさんありました。そういったすべてが私にとって、大きな糧になりました。また、そこでの同級生やライバルたちとの時間やエピソードは、かけがえのない思い出になっていて、今でも同級生たちと会えば、当時の話で盛り上がったりするんです。

――子どもたちのために何かをしたいということですが、具体的なプランは?

奥原 現状では自分自身が出場する大会のスケジュールも変わったり、来年には東京オリンピックもあり、具体的なプランまでは立てられていませんが、私自身が直接ジュニアとシャトルを打ち合えるような機会があるといいかなと思っています。もともと私自身が、バドミントン界の先輩たちとシャトルを交えることで感じたもの、得たものがとても大きかった。やはり現役選手が同じコートでジュニアと打ち合うことで、言葉以上に何か感じてもらうことができるのではないかと思っています。

――バドミントンは東京五輪でもメダル獲得が見込まれ、非常に盛り上がっています。この盛り上がりを今後につなげていくために、何が必要だと考えていますか。

奥原 やっぱりこれからの子どもたち、未来の日本を背負ってくれる子どもたちのための投資を考えていかないと、バドミントン界の盛り上がりというのはやっぱり一時的なものになってしまうのかなと思っていて。今、自分たちの世代は、もちろん自分が頑張ればいいのですが、そうではなく、次の世代、その次の世代ももっともっと盛り上がっていってほしい。だからこそ、そのために何をやるべきか考えていかないといけないですよね。

また、大会などももっとエンターテインメント化して、多くの人にバドミントンを見に行きたいと思ってもらえるようにしないといけないのかなと思っています。このコロナ禍で、スポーツもストリーミングでの配信が当たり前になりましたが、それでもスポーツの迫力を伝えられるのは生観戦ですし、私たちも直接声援を受けたほうがやっぱりうれしい。例えば、バドミントンが国技のインドネシアの大会会場って、声援というより騒音といったほうがいいくらいのレベルなんですけど(笑)、それくらい観客が観戦を楽しんでいて、そういった雰囲気は選手にとってもモチベーションが上がるものなんです。私も大好きな会場です。そういった会場の雰囲気や見せ方を作ることが、観戦の価値を上げることにもつながるのかなと思います。

――やはりファンからの声援は力になるということですね。ちなみに、奥原選手が特にファンからの応援が力になったというエピソードがあれば教えてください。

奥原 ケガでプレーができなかったときに、温かいメッセージをもらったのは、本当に励まされました。身近な人たちやリハビリに携わってくれたトレーナーさんなどのサポートはもちろんありがたかったのですが、ダイレクトに接しているわけではないファンの方たちからたくさんメッセージをもらったりしたことで、自分はこれだけ応援してもらっているんだというのを実感しました。自分の目標というのは私ひとりだけの目標ではないんだなという覚悟を持った、きっかけでした。

――今後、奥原さんが挑戦していく上で、「Unlim」を通したファンからの応援というのも、奥原さんにとって大きな力になりますね。

奥原 そうですね。ファンの方からの想いというのが目に見えるサービスだなと思うので、そういった想いというのも新たに背負って挑戦していきたいなと思います。そんなふうに挑戦する奥原希望を好きになってもらいたいですし、応援してほしい。ありのままの私を応援してもらえたらうれしいです。

Profile◎おくはら・のぞみ/1995年3月13日生まれ、長野県出身。仁科台中、大宮東高を経て日本ユニシスでプレー。2018年12月にプロ転向を表明し、2019年より太陽ホールディングス所属。156cm、右利き。2011年、全日本総合女子シングルスで、史上最年少(16歳8カ月)で優勝。16年リオ五輪で銅メダル(男女を通じてシングルスで史上初のメダル獲得)。17年世界選手権優勝。世界ランキング4位(2020年9月1日付)。

インタビュー・構成/バドミントン・マガジン編集部

写真/福地和男

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