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2020-10-27

【私の“奇跡の一枚” 連載90】『弟子』の鑑(かがみ) 彩豪一義のこと

部屋第1号関取となり、力士を卒業してからも、私を師と立て続けてくれ、精進を怠らなかった彩豪(平成24年10月のさいたま市巡業)との忘れられない2ショット。2人して涙が止まらなかった

長い人生には、誰にもエポックメーキングな瞬間があり、それはたいてい鮮やかな一シーンとなって人々の脳裏に刻まれている。
 相撲ファンにも必ず、自分の人生に大きな感動と勇気を与えてくれた飛び切りの「一枚」というものがある――。
 本企画では、写真や絵、書に限らず雑誌の表紙、ポスターに至るまで、各界の幅広い層の方々に、自身の心の支え、転機となった相撲にまつわる奇跡的な「一枚」をご披露いただく。
※月刊『相撲』に連載中の「私の“奇跡の一枚”」を一部編集。平成24年3月号掲載の第2回から、毎週火曜日に公開します。

「末は大関」の期待

 昭和60(1985)年春場所限りで引退した私は、61年夏場所後、高砂部屋から独立、都内江戸川区に部屋を構えた。高砂という伝統の大部屋で学びとった大相撲の世界の良さを全力で伝えたい。力士たちには、この世界で学んで本当に良かったと思えるような部屋作りを。そのためには口ばかりでなく背中で引っ張っていかなければ、と燃えていた。

 新弟子集めも一から。高校や大学の相撲部といったつても顔もないので、弟子は、中学卒業のいわゆるたたき上げでいこうと決めた。だからスカウト活動も、ほかの親方衆なら全国レベルの大会から出かけるところ、県大会から顔を出すことにした。

 各地のいろいろな家庭から、さまざまな個性を持った子たちが集まり、相撲部屋の形も何とか整って、私の教えを理解実行する兄弟子たちの形も何とか出来上がったころ(平成3年=1991年)、入ってきたのが、のちの彩豪こと墨谷一義君だった。

 家庭のしつけもよかったのだろう。礼儀、作法を教えるにしてもおよそ手がかからなかった。うるさく言わなくても稽古もきちんとやる。天性の優れた体に似合う押し相撲をどんどん会得していった。言われたことはなにごとも誠意をもってこなす。物事をきちんと見極めて後輩の面倒もよく見て、リーダーシップもとってくれるようになった。私の付け人頭をしていた時には、親方に呼ばれたらすぐに対応できるようにしたいと、稽古後の昼寝では、決して熟睡しないようにとまで心掛けてくれていたようなのだ。

 そんな彼が、4年半というスピードで、平成7年九州場所、部屋初の新十両となったときには、私ばかりでなく後援者も舞い上がった。その天性の相撲向きの体つきに加えて、殊勝な心掛け。「大関は間違いなしの大物」とみんなの気持ちが盛り上がったのも分かっていただけるだろう。

立ちはだかった心臓の病

 だが、幕内直前からケガに数多く見舞われるようになり、最終的には、心臓に大きな欠陥が見つかり、力士を断念するに至った。

 しかし引退後も、相撲に対する愛情と、その向学心はやまず、自分の事業に精を出す一方、数々の不祥事で人気が落ちてきていた大相撲の世界のすばらしさを、ファンに訴えるべく巡業(大相撲さいたま場所)を主催してくれるようになった。わが弟子が勧進元をやるまでになってくれたのである。師匠冥利に尽きるとはこのことである。

 その記念すべき第1回目の平成24年の巡業の際は、意を決し、大相撲に対する熱い思いと感謝、そして中村精神を、勧進元挨拶の土俵上で切々と披露。さらに私を土俵に呼び上げ花束を贈呈してくれたのである。私はこの、誇らしい『弟子の鑑』というべき男のまっすぐな気持ちに、涙が止まらなかった。

 彼はその後、活動の幅を広げ、全国に相撲環境を広め、充実させる『100個土俵プロジェクト』を打ち出し、いよいよ胸膨らませていたが、その矢先の平成31年4月6日、不整脈からくる心臓発作に見舞われ、43歳の若さで突然、あの世に旅立ってしまった。

 彩豪よ、弟子の理想像ともいえる君がなんで、社会人土俵でさらに成長、それこそ大関クラスの働きをしてから、私を先に送るという順序を踏んでくれなかったんだ……。

 今の相撲界の賑わいには君の努力の成果が存分に含まれている。年は令和に移ったが、この先も相撲界をしっかり見守っていってほしい。合掌。

語り部=中澤榮男(元関脇富士櫻、元中村部屋師匠)

月刊『相撲』令和元年6月号掲載

相撲 10月号 秋場所総決算号(No.914) | BBMスポーツ | ベースボール・マガジン社

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