高校野球監督として2002年夏に久居農林高を、12年夏に松阪高を甲子園へと導いた松葉健司氏。いずれもそれまでに甲子園出場歴がなく、時間、場所、道具などに制約がある公立校で達成した快挙だった。
現在、次世代リーダー育成会社「Human Freeman」の代表として人材育成に励み、『超集中で人は変わる 弱者を甲子園に導いたリーダーの能力を伸ばす最高の方法』(ベースボール・マガジン社)を上梓した松葉氏に、未来を担う若者たちの能力を最大限に引き出す指導のポイントを聞いた。(全3回)
※第84回選手権大会に出場した久居農林とチームを率いた松葉健司氏
写真:BBM
指導者とは、学校では教師であり、グラウンドではコーチであり、試合では監督です。私はこれらを混同しないように意識していました。コーチの語源は馬車です。目的地まで運ぶことがコーチの役割ですから、「ああしろ、こうしろ」の前に、子どもたちの「どうしたいか、どうなりたいか」があるものなのです。ですから、グラウンドでは教え込む教師が出てきてはいけないのです。
ただ、よくあるのが選手自身の「どうしたいか」が曖昧だということ。目標として「バッティングがうまくなりたい」と言う選手がいますが、それはタクシーに乗って「東京に行ってください」とだけ伝えるようなものです。運転手はとりあえずその方向へと向かうことはできますが、最終的な目的地がどこなのかははっきりしません。中にはタクシーに乗ったものの、黙っているだけの選手もいます。これでは運転手も務めを果たせません。
「国会議事堂の正門前」というように明確に伝えられれば、スムーズに目的地へと向かえます。つまり「飛距離を伸ばすためヘッドスピードを上げたい」と選手が言うことができれば、指導者はその目標に向けて適切な指導を行うことができる。だからこそ、まずはアウトプットする能力を発揮させてあげることが必要であると思っています。
現在の子どもたちはアウトプットの力が弱まってきていると感じています。それは、小さいころから発信の場がなかったことが原因だと思うのです。学校や塾の授業は先生が教えるものですから基本的には受け身です。家でも受け身になる場面が増えているようです。というのも、最近はさまざまなところからたくさんの情報を知ることができ、それでかえって不安になる親も多い。親心から「子どもに苦労はかけさせたくない」と思うのも当たり前で、結果、先回りして行動してしまうのです。
こうしてあらゆる環境で受信ばかりになり、指示待ちの姿勢がつくられていきます。だからこそ、せめてグラウンドは子ども自身が発信する場であってほしいと思います。
受け身の選手は「どうしたい?」という問いになかなか答えられません。それは発信の経験がなく、難しく考えている部分があるからだと思います。ですから、私は大人しい選手に対しては、まず「それを取って」といった簡単なコミュニケーションから始めました。物を受け渡すことも、十分に発信の1つなのです。
また、「こうなりたい、こうしたい」という気持ちを芽生えさせることも大切です。私は心の動きとはどのようなものなのかを考え、「感情」がわき上がり、「意欲」が生まれた結果、「知性」が伸びていくものなのだと気づきました。
そして、感情とは情報を受け取る部分でもあります。嫌なことを言われれば怒りやネガティブなことを感じますし、楽しいことを言われればうれしさやポジティブな気持ちが表れる。後者はそれが意欲へとつながります。例えば遊園地へ行って受け身の姿勢にはなりませんよね。裏を返せば、発信ができず指示待ちになってしまっているのは、これまで野球の場で楽しいことを言われてこなかったからではないかと思います。
嫌なこと、我慢しなければならないことをやらされ続けていたら、意欲は生まれてきません。まれに抑えつけられると、その反骨心で伸びる選手もいます。しかし、全員がそうではない。それならば自分の興味、関心を認められる環境のほうが、全体的に継続して伸びていくものだと思います。ただ、ノビノビとできることの気持ち良さを分からせるために、時には試練やプレッシャーを与えることもありました。
《PLOFILE》
松葉健司[次世代リーダー育成会社Human Freeman代表]
まつば・たけし/1967年三重県生まれ。松阪高―日本体育大。大学卒業後、三重県で公立高校教諭となる。野球部を指導し、2002年夏に久居農林高、12年夏に松阪高を、いずれも甲子園初出場に導いた。17年3月に退職し、次世代リーダー育成会社Human Freemanを設立。
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