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2021-01-29

【連載 名力士ライバル列伝】ライバル 曙-若乃花前編

平成5年春場所12日目。中盤から1敗でトップを走る若花田と、横綱の意地を懸け阻止したい曙との事実上の決定戦。取り直しの末、最後は若花田が驚異的な足腰で豪快に投げ飛ばす。二人の対決のハイライトだ

巨体を生かした激しい突き押しを武器に、外国人初の横綱に昇進した曙。
師匠でもある大関貴ノ花の息子として弟・貴乃花とともに注目を浴び、
天才的な相撲勘と技で史上初の兄弟横綱を実現させた若乃花。
平成前期の土俵を熱くさせ大ブームを生んだ花形。
2人の勝負は常に火花散る熱闘だった。
※平成28~30年発行『名力士風雲録』連載「ライバル列伝」を一部編集。毎週金曜日に公開します。

強烈な突き押しを凌駕した
土俵際での執念

「最初は足の震えが止まらなかった」という極度の緊張を微塵も感じさせず、若花田(当時、のち横綱3代若乃花)は小鼻を膨らませ、闘志を全身にみなぎらせて土俵に上がった。相手は体重差70キロ超、身長差20センチ超の巨漢・曙である。

平成5(1993)年春場所12日目、1敗で単独トップに立つ小結若花田は、この一番に勝てば初優勝へ大きく前進する。一方、新横綱で連覇を狙っていた曙はすでに3敗を喫し、まずは同期の快進撃阻止に、最高位としての矜持を見いだそうとしていた。

本場所最多、懸賞14本の大一番は、曙のモロ手突きで俵に詰まった若花田が、とっさに相手の左腕を手繰って同時に土俵下に転落。軍配は横綱に挙がったものの、協議の結果、取り直しとなった。再び小鼻を膨らませて曙に対峙した若花田の姿に、5場所前の記憶を重ねた者もいたかもしれない。平成4年夏場所、1差で追いかけた曙との千秋楽決戦で強烈な突き押しに屈し、ガッツポーズを決めた相手に初賜盃と大関の座を許した、あの一戦である。

取り直しの一番、曙の激しい突き押しをこらえ、懐に潜り込んだ若花田。右下手を取り、左から絞って曙の右巻き替えを許さない。そして横綱が我慢できず右上手を取りにくると、すかさず右内掛けに出た。

ままよと、焦りの見える曙が右ノド輪押しで強引に前進してきた刹那だった。若花田、全身全霊を込め、右足を跳ね上げながらの掬い投げ。横綱の巨体はスローモーションで浮き上がり、そして轟音を響かせながら横倒しとなった。これぞ父・大関貴ノ花譲り、真骨頂の土俵際での執念。驚異の逆転劇に、館内は熱狂の渦となり、座布団が雨のごとく舞い降りた。

大一番を制した若花田は、このまま1敗を守ってうれしい初優勝を手にした。場所後の「若ノ花」襲名、そして秋場所での大関昇進へ弾みを付ける勝利だった。一方、「クソッ、相手の足腰が良かった。あの相撲を取って負けたんだから、悔しいよ」と無念さをあらわにした曙は、この屈辱をバネにして、この年後半の3連覇の充実期へと進んでいくのである。(続く)

『名力士風雲録』第11号曙・若乃花掲載

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