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2021-07-11

【ソフトボール】東京五輪ソフト代表の上野由岐子(1)「日本全体のレベルを上げていくための力になれれば」

支えてくれた人、応援し続けてくれたファンのために、上野由岐子は再び五輪のマウンドに立つ(撮影/桜井ひとし)

五輪でのソフトボール競技は2008年の北京大会を最後に正式種目から除外されていたが、2020年東京五輪で追加種目としての採用が決まり、強化を進めてきた。ソフトボール・マガジンWEBでは、3大会ぶりとなる東京五輪で金メダル獲得を目指す15名の選手たちを、順々に紹介していく。

上野由岐子(ビックカメラ高崎/投手)
堂々と、揺るがない心(1)

悲願を達成した北京五輪から13年もの月日が経った。五輪種目からの除外で目標を見失い、先が見えない日々もあった。 しかし、上野は歩みを止めなかった。近くで支えてくれた人たちのために、応援し続けてくれたファンのために、 日本代表の歴史をつなぐために、再び五輪のマウンドに立つ。(取材は5月6日、全文はソフトボール・マガジン8月号掲載)

きっかけはコロナ禍
「やる気スイッチが入った」
 
──第1節の豊田自動織機戦(4月4日)で右脇腹を痛めて途中降板しました。
上野 あのときはケガを長引かせないためにもこのまま投げ続けないほうが良さそうな感じがしましたし、無理をすべきじゃないと判断してマウンドを降りました。
──その後はどのように過ごしていた んですか。
上野 チームはそのまま第2節が行われる愛媛に入って、私は高崎に戻って火曜日に病院へ。全治3週間という診断を受けて、2週間経過したタイミン グで一度診てもらい、痛みのない程度に動かしていいということだったので、様子を見ながらキャッチボール等を徐々に。ピッチングは3週間経ってから、少しずつ慣らしていきました。
──そういった中で五輪本番が近付いてきました。
上野 いよいよだなという気持ちがある一方で、正直な話、こういう状況で本当に開催できるのかなという不安も大きいです。
──しかし、先の見えない状況の中でも、今やれることを積み重ねていくだけだと常々おっしゃってきました。 上野 その気持ちは変わらないですね。昨年1年かけてオリンピックに向けての調整、予行練習をしてきました。今は、本番に向けて特別何か新しいことを、という感じではないですが。
──準備万端ということですか。
上野 そういうわけではなくて、本番に向けてやれることはもっとあると思っているんですが、やれることと、 やりたいことと、やらなくてはいけないことがすべて同じではないので。やるべきことは分かっていて、やるしかないという気持ちなんです。でも、やりたいことが、やるべきことよりも自由にいろいろと出てくるんですよ。
──やりたいことというのは、五輪に向けての準備ですか。それとも五輪とは関係なく、いちソフトボール選手として挑戦してみたいことですか。
上野 いちソフトボール選手としてやりたいことという意味合いのほうが強いけど、それがオリンピックのためにもなると思っています。
──やりたいことが次から次へと出てくる状況は、ある意味幸せなことでも ありますよね。
上野 そうですね。ここ最近、特に昨年くらいからそういう意欲みたいなものがすごく生まれてきています。何でかは分からないけど、どこかでやる気スイッチが入ったんだと思います。
──ご自身の中では、ある程度やり切ったと思っていたけど、そういった感情が自然と出てきた感じですか。
上野 そういう感じに近いです。今まで以上にソフトボールを楽しめている自分がいます。でも、なぜかは分からない(笑)。
──少しでも何かきっかけになったと思い当たることはないですか。
上野 うーん、何だろう……。でも、日々生活していく中で、何も感じずに終わる日ってありませんよね。1日の中でも喜怒哀楽がありますし、イライラしている日もあれば、機嫌が良かったなと思える日もある。そういった中で、考え方や物事のとらえ方もどんどん変わってきています。昨年から今年にかけての1年でいろんな本にも出合って、そこから学ぶこともありまし た。コロナ禍だからこそ出合えた知識があって、出会えた人がいて、そのように今までにないような刺激が入ってきたからこそ、新しい考え方も生まれたのかもしれません。そして、新しい考えができるようになったからこそ、 今楽しめているのかもしれない。たとえ理由がはっきりしなくても、やりたいことがどんどん湧いてくる状況はいいことだと思っているので、そんな自分をあるがままに受け入れています。
――やりたいと思ったことには挑戦しているんですか。
上野 そうですね。ほぼ好奇心に近い感情なので、すべてが自分のスキルや引き出しにつながるかというと、そうではない。やってみて使えないなと思うこともあれば、面白そうだと感じることもありますし、やってみて良かったけど、長続きしないだろうなと思うこともあります。でも、まずはやってみないと分からないので、とりあえずやってみます。引き出しは多いに越したことはないし、後輩に知識を伝えていくためにもいろいろなスキルを持っていたいと思っているので。

惜しみなく技術を伝授
「伝えていく立場になった」

――指導のためのスキルを増やす?
上野 今までは自分のためのスキルアップだけ考えていればよかったんですけど、これからは自分とは違うタイ プのピッチャーにもアドバイスできるようなスキルを増やしていきたいんです。自分には合わなくても、ハマ(濱村ゆかり)なら合うかもしれない、(藤田)倭(ともにビックカメラ高崎)なら合うかもしれないと考えながら取り組めていることがすごく楽しいです。
──指導する側に意識が変わってきているということですか。
上野 まだまだ選手としてやりたいと思っていますし、まだまだやれると思っている自分がいるので、指導者と いう道が目の前にあるわけではありません。でも、選手であっても伝えていく立場になったんだなという意識がより強くなったというか。自分のチームや全日本という枠にとらわれず、日本リーグというか日本全体のレベルを上げていくための力になれればと思います。
──それはどんなときに感じますか。
上野 人のピッチングを見ていても、もっとこうすればいいボールを投げられるのにって思っちゃう。それを伝えてあげたいんです。もちろんその人にとって私のアドバイスが必要かどうかは分からないし、すべてを教えられるような技術や知識を持っているわけではないけれど、自分が今まで積み重ねてきたスキル、メンタル面での取り組みを生かせたら。そもそも、技術的なことは知識があれば指導できると思うけど、メンタル的なことは経験した人にしか分かりません。そういった自分の経験を、同じような局面に遭遇した後輩たちに伝えていきたいし、そういうことを伝えられる指導者に将来的にはなっていきたい。そういう意味でスキルを高めていきたいんです。
──東京五輪には3名の投手で挑みます。藤田選手、後藤(希友)選手(トヨタ自動車)に何かアドバイスを送ることはありますか。
上野 取り組む姿勢やピッチングを見て、自分が感じたことを言うようにしていますね。私自身は、聞かれたことに対してしっかり答えを言える先輩でありたいと思っています。
──今回は15名中、12名が初選出となりますが、五輪での戦い方など、後輩の皆さんに伝えたことはありますか。
上野 それは特になくて、各々が肌で感じてくれればと思っています。やっぱりオリンピックって、行った者にしか分からないものがあるので、そのすべてを肌で感じてほしいです。よく、試合や大会前のアドバイスで「いつも通りやればいいから」と言うじゃないですか。でも、「いつも通りって何だっけ?」となるのがオリンピック。そういうことも含めてすべてを肌で感じてほしい。そうなったときに初めて私もアドバイスできると思うので。
──事前にアドバイスを送れるものではない?
上野 その状況になってみないと分からないことってあるじゃないですか。 前もって言われても、言われている側は意味が分からないと思います。
──そうなったときに、やはりチームの中に五輪経験者がいるということは大きいですね。
上野 今は頼る必要ないと思うけど、本番になったときに私たちがどれだけチームを支えられるかが大事になってくると思います。そのために峰(幸代、トヨタ自動車)、山田(恵里、デンソー)、私がこの中に入っているんじゃないかな。やっぱり経験に勝るものはない。身を持って感じています。
──本番に向けて準備を進める中で、バッテリーの進捗状況はいかがですか。我妻悠香選手とは15年に本格的にコンビを組んで、6年目を迎えました。
上野 チームでキャプテンを経験して、彼女はずいぶん成長したと思います。 責任感が備わってきたし、チームの中心と言われる選手になってきたと感じ ます。自分の結果よりもチームの結果をどれだけ大事にできるか、自分を犠牲にして戦えるかどうか。そういうことができるようになってきたからこそ、今まで以上にプレッシャーを感じるようになってきたと思うし、だからこそ成長を感じています。
──コンビとしてはどうでしょう?
上野 バッテリーって1対1ではないじゃないですか。我妻には倭も濱村も 勝股(美咲)もいる。全日本でも1対 3です。そういうことを考えれば、私にばかり気を遣わなくてもいいよと思っています。そもそも、これだけ長 くバッテリーを組んでいると、そんなに簡単に信頼を失うようなことってないんです。だから、私としては我妻が今必要だと思うことを、自信を持ってやってくれればいい。それだけです
──それだけ信頼を置いているという ことですね。
上野 いろんな意味でプレッシャーをかけることもありますけどね。配球は我妻にほとんど任せているので、試合の中で首を振ることもほぼないんですよ。そうやって試合をする中で、彼女が打たれた責任を感じているなと思うこともあります。でも、首を振らないことには私なりの理由がある。そういうときは打たれたままにしないでちゃんと話をします。しっかり話をしてい るからこそ、不安になるようなこともないんです。バッテリー間の中でやるべきことはやれていると思います。(つづく)

【上野由岐子PROFILE】
うえの・ゆきこ/1982年7月22日、福岡県生まれ。 174cm74kg。右投右打。投手。福岡大附若葉高-ルネサ ス・ビックカメラ高崎(2001年~)。これまで12度の全 日本総合選手権優勝、10度の日本リーグ優勝を経験し、 MVPをはじめ数々の個人タイトルを獲得。日本代表ではアテネ、北京と2度五輪の舞台に立ち、北京では金メダル獲得に大きく貢献している。今季リーグ成績(5節終了時 点):4試合18回、1勝1敗、23奪三振、防御率1.56。

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