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2021-08-29

【アメフト】ディアーズが電通に逆転勝ち WR前田が「奇跡の復活」TD

【デイアーズ vs 電通】第4Q,ディアーズWR前田が、電通のディフェンス陣を次々にかわしTD=撮影:小座野容斉

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アメリカンフットボールのXリーグ「X1 エリア」が8月28日、東西の2会場で開幕した。ディアーズフットボールクラブ対電通キャタピラーズの一戦は、ディアーズが第4クオーターの逆転で電通を破った。

ディアーズフットボールクラブ○21-16●電通キャタピラーズ
(2021年8月28日、富士通スタジアム川崎)
 
 ディアーズが鮮やかな逆転で電通を降した。
 ディアーズは第1クオーター(Q)4分にQB大和田昌太郎からWR杉田有毅にタッチダウン(TD)パスが決まり先制した。

【デイアーズ vs 電通】第1Q、ディアーズWR杉田がパスをキャッチし、先制のTD=撮影:小座野容斉
【デイアーズ vs 電通】第1Q、ディアーズWR杉田がパスをキャッチし、先制のTD=撮影:小座野容斉

 追う電通は第2Q11分にQB坂梨陽木がエンドゾーン左に走り込んでTDを返した(エクストラポイントは失敗)。電通は第3Q11分にK廣田祐のフィールドゴール(FG)で逆転、第4Q1分に、QB柴崎哲平からWR小貫哲へTDパスが決まって、9点差とした。
 第2Q以降得点が無かったディアーズだが、第4Q6分に敵陣まで攻め込むと、QB大和田からパスを受けたWR前田直輝がTD、2点差に迫った。さらに電通パント時のスナップミスに付け込んで、ゴール前のチャンスを得ると、同8分、大和田からWR小川悠樹にTDパスが通って逆転した。
 電通は、QB柴崎の正確なパスでボールコントロールし、優位に試合を進めたが、勝負所でミスや反則が出たのが痛かった。
【デイアーズ vs 電通】第4Q,逆転TDパスをキャッチし喜ぶディアーズWR小川=撮影:小座野容斉
【デイアーズ vs 電通】第4Q,逆転TDパスをキャッチし喜ぶディアーズWR小川=撮影:小座野容斉

前田、前十字、後十字靭帯を断裂する重傷から10カ月で復帰


 QB柴崎が早大時代からのホットライン、WR小貫にTDパスを決めた時、電通は対ディアーズ初勝利が目前に迫っていた。

 柴崎は後半に入って尻上がりにパスの調子を上げ、ディアーズ守備陣の激しいプレッシャーにもかかわらず試合を支配していた。対照的にQB大和田のパスは、序盤こそよく決まったが、次第に電通ディフェンスに対応され、後半に入ってから、4回のドライブ中、3回が3&アウトと、完全に攻め手を欠いていた。

 その流れを変えたのが、ディアーズ歴戦の勇者、WR前田だった。

 第4クオーター、大和田のパスと電通のパーソナルファウルで、ゴール前28ヤードまで進んだディアーズ。9点のビハインドで残り時間は6分を切っており、逆転のためにはTDが必要だった。

 1バック4レシーバーのショットガンから、RB宮幸崇がレシーバーに位置を変えた。右に3人のレシーバーを固めたバンチ体型で、その外に前田がいた。

 バンチから3人のレシーバーが広がり、前田はその場にステイ。大和田は、ほぼ真横の前田にパスを投げ、捕球した前田はあっという間に加速すると、電通のディフェンス陣のタックルを次々にかわし、エンドゾーンに飛び込んだ。ファーストダウンを狙ったパスが、前田の個人技で、ビッグプレーとなった。撮影した写真を確認すると、前田は合計6人のタックルをかわしていた。

 オフェンスの大黒柱のTD。ディアーズサイドラインは盛り上がり、息を吹き返した。次の電通のオフェンスシリーズを押さえると、パントのスナップミスから、ゴール前の攻撃権を得て、大和田が小川にTDパスを決めた。試合の大勢はここで決した。

【デイアーズ vs 電通】第4Q,TDを決めたWR前田を取り囲んで祝福するディアーズオフェンス陣=撮影:小座野容斉
【デイアーズ vs 電通】第4Q,TDを決めたWR前田を取り囲んで祝福するディアーズオフェンス陣=撮影:小座野容斉

 前田が、この試合でプレーしていたこと自体が、「常識では考えられないこと」(ディアーズの加藤敦夫ドクター)だった。

 昨年11月3日のBULLSとの対戦で大けがを負っていた。TDパスをキャッチした際に、タックルに来た相手のヘルメットが左膝に入り、一瞬、まったく違う方向に膝関節が曲がった。

 「全部切れました」

 左膝の前十字靭帯、後十字靭帯、内側副靭帯を断裂。半月板が真っ二つに割れ、膝関節を脱臼、その際に関節部の骨も骨折していた。

 「よく靭帯切れたら、痛くてのたうち回るとか言いますが、そんなに痛みはなかったんですよ。ただ脱臼したのはわかったので、その場では『膝を入れてください』とお願いしました。その時は冷静でした。その後、入院して状況が分かった時に、『もうフットボール出来ないかもしれないな』と思いました」

 運動選手として最悪の負傷。35歳になっていた前田の復帰は無理かと思われた。しかし前田は再起を決めた。背中を押したのは妻の千絵さんの言葉だった。

「身内からも『引退』を言われました。ただ一人、妻が『復活したところを子どもたちに見せて欲しい』と言いました。『こんなケガで、フットボールから逃げるのか』とも言われました」
 
 Xリーグのチアリーダーの中でも、特にフットボールへの理解が深いディアーズチアだった千絵さんは、前田がどれだけの覚悟で現役を続けてきたか良く理解していた。そして「こんなことで止めてほしくない」という気持ちを伝えてきたのだという。

「それまでは、僕は子ども3人いるのですが、『早く引退して欲しい』と言われていました」

現役を続ける限り、1年の半分以上の土曜、日曜はフットボールにかかりきりになる。引退して、子どもと遊んだり、子どもの面倒を見て欲しいというのは、ある意味当然の求めだった。それが変わった。

「だから、怪我したことによって、逆に選手生命伸びましたね」と前田は笑う。

手術とその後の回復は上手くいった。執刀したのは、チームドクターでもある洞口敬医師。

「洞口先生からは『自分で言うのもなんだけど、手術はすごく上手くできた。だから頑張ってどんどんリハビリしなさい』と言われました」

洞口ドクターのお墨付きを得て、順調な回復の中で、前田は考えていた。

「X1 スーパーに、今季上ろうと思ったら、開幕戦の電通戦は絶対に落とせない。電通戦で復帰するしかない。開幕に出るためには7月からチーム合流するしかない」

今年6月、前田は当初来年の4月だった予定を大幅に繰り上げ、7月合流をチームに打診した。トレーナーとも綿密に連絡を取り合いながらの復帰だった。そして8月28日、負傷からわずか10カ月足らずで、ゲーム出場となったのだった。

「今日も、最初は少しビビっていたのですが、一度タックルされたときに、『あ、全然いけるな』と思いました」

タッチダウンのプレーはバンチで固まっていた3人がフィールドの奥に走ったため、ディフェンスが釣られて、前田の前に大きなスペースができていた。

「僕が走りやすい広さになっていました。大和田のパスがなかなか決まらないように見えて、実はもう少しで出そうなところを、電通ディフェンスが何とか止めていた状況でした。僕がそれを動かしたので、せき止められていたものが切れたのだと思います」

 2007年のIFAFワールドカップ川崎大会、立命館大学の4年生だった前田は、日本代表に加わった。大学生は2人(もう一人は法政大学のWR戸倉和哉=現アサヒビールシルバースター)だけだった。以来、3大会連続の日本代表で、活躍を重ねてきた。

 2015年の世界選手権日本代表レシーバー陣では、今季、WR林雄太(アサヒビールシルバースター)、立命館の先輩でもあるWR木下典明(オービックシーガルス)も、前田と同様に、重傷からの復帰を目指す。

 「負傷の後でノリさんからは、電話貰いました。『お前なに怪我してんねん』と。そしたらノリさんがその日に負傷をしてしまって」と笑う前田。

「世界選手権は、2日おきに試合とか、タフな日程です。だから日本代表にはタフな選手が集まっている。林の復帰も嬉しいし、ノリさんも必ず戻ってきてくれるはず」

 今季のX1エリアからは成績上位4チームが、来季から最上位のX1 スーパーに昇格することが発表されている。ディアーズの今日の逆転勝利は大きい。だが前田は言う

「上に上がることが我々の目標ではないです。上がった後に、オービックや富士通、パナソニックと日本一争いができるチームにならなければ。そういう意味ではこんな苦戦をしていてはいけない。チームにも良い薬になった」

 2009年シーズン、ディアーズに入って2年目に、森清之HC(当時)に率いられて味わった日本一の美酒を再び求めて、10月に36歳となる前田の現役生活はまだまだ続くことになる。

【デイアーズ vs 電通】第4Q,パスを捕球したディアーズWR前田が、電通ディフェンスを次々にかわしてTD。この1本が試合の流れを変えた=撮影:小座野容斉
【デイアーズ vs 電通】第4Q,パスを捕球したディアーズWR前田が、電通ディフェンスを次々にかわしてTD。この1本が試合の流れを変えた=撮影:小座野容斉

昨年のBULLS戦で重傷を負い、担架で運ばれるディアーズの前田。担架を持っている左から2人目がディアーズの加藤ドクター=撮影:小座野容斉

昨年のBULLS戦で重傷を負い、担架で運ばれるディアーズの前田。担架を持っている右から2人目がディアーズの加藤ドクター=撮影:小座野容斉

【デイアーズ vs 電通】第4Q、電通QB柴崎が、WR小貫にTDパスを決める。この日の柴崎は尻上がりに調子を上げた=撮影:小座野容斉
【デイアーズ vs 電通】第4Q、電通QB柴崎が、WR小貫にTDパスを決める。この日の柴崎は尻上がりに調子を上げた=撮影:小座野容斉

【デイアーズ vs 電通】第4Q、電通QB柴崎からのパスを受けたWR小貫がディアーズDB中山のタックルを引きずりながらTD=撮影:小座野容斉
【デイアーズ vs 電通】第4Q、電通QB柴崎からのパスを受けたWR小貫がディアーズDB中山のタックルを引きずりながらTD=撮影:小座野容斉

【小座野容斉】

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