社会人アメリカンフットボール「Xリーグ」は、9月23日から第4節となる。早くもリーグ戦後半に突入し、地区外の対戦が続く。注目は開幕3連勝の全勝対決、富士通フロンティアーズ対ノジマ相模原ライズの1戦だ。両チームの戦いの鍵を握るのは何か。
注目は、今年加入した富士通のマイケル・バードソン、ノジマ相模原のジミー・ロックレイの両エースQBだ。24歳のバードソン、25歳のロックレイは、ともに、前任者のような華やかな経歴はない。それどころか出場機会を求めて転校を重ねた「雑草」QBだ。
バードソンはNCAAフットボールのFCS(Div.1AA)ジェームズ・マディソン大※で2年プレーした後に、評価を受けてFBS(Div.1A)のマーシャル大に転校、一時は先発QBとして期待されながら負傷で思うようなプレーが出来ず、下級生にエースの座を奪われた。最終学年はFCSのテネシー工科大に再び“都落ち"してプレーした。テネシー工科大では、パス2577ヤード17タッチダウン(TD)と一定の活躍を見せたバードソンは、卒業後も、プロフットボールでのプレーを目指したが叶わず。今春も、カナディアンフットボール(CFL)のB.C.ライオンズにも一時的に所属したが、シーズンロースターとしての契約は得られなかった。
1歳年長のロックレイは、もっと苦労をしてきた。当初入った大学は、FBSの「最強スモールカレッジ」ボイジー州立大だ。そこでスカウトチームのQBとして、チーム内で最優秀賞を得るほどだったが、エースQBの座には届かず。出場機会を求めてFCSのカリフォルニア大デービス校に転校した。しかしそこでも先発QBにはなれなかった。卒業後は、欧州・スイスのリーグでプレーするなど辛酸をなめた。当時を思い出してロックレイは「日本では選手が50人以上いるが、スイスでは観客が50人だったよ」と笑うほどだ。2017年にインドアフットボールのマイナーリーグAPFのリッチモンドラフライダーズでプレー、6試合でパス37TD5インターセプトの活躍でMVPに輝き、日本でのプレー機会を得るきっかけとなった。
似たようなバックグラウンドを持つ2人だがQBとしてのタイプは違う。
バードソンは、日本にこれまで来た米国人QBの中では、身長195センチ、110キロと最も大きい。マーシャル大では「バイロン・レフトウィッチ(NFLのジャガーズなどで活躍)以来のストロングアーム」と評価された強肩の持ち主だ。対戦したアサヒビールシルバースターの有馬隼人ヘッドコーチ(HC)は「ライナーのミドルパスは、(元シルバースターの)メイソン・ミルズよりも速いかもしれない」と語る。その一方で、スプレッドオプション系のオフェンスを得意としていて、40ヤードは4秒8台で走れるといい、ランで加速すると、簡単にはタックルできない突破力もある。
バードソンの課題はレシーバーとのコンビネーションだ。前QBのコービー・キャメロンと中村輝晃クラークや宜本潤平、強盛らレシーバー陣のパスユニットは完成されていた。キャメロンはプレスナップリードで、ディフェンスの弱いところを見抜き、走り込んだ中村クラークらレシーバー陣に、クイックリリースでコントロールされた捕りやすいパスを投げていた。一方、米国人としても強靭な体躯を持つバードソンは、パスラッシュにも強く、結果的に球離れが遅い傾向がある。レシーバーが空くのを待って、その瞬間にズドンと弾丸パスを投げ込んでくるという。富士通のあるレシーバーは「まだまだ、キャメロンの感覚で合わせに行っている部分がある」と話している。バードソンがチームに合流して練習を開始したのが7月。今年の夏は猛暑もあって練習が十分にできなかった部分もあるようで、呼吸がぴったり合っているとは言えない。
ただ、開幕のIBM戦に比べて3週間後のオール三菱戦では、タイミングが大分合ってきている。選手としての基本的なスペックが高く、走る能力はキャメロンよりも明らかに上だ。バードソンが覚醒して、リーグ屈指の富士通レシーバー陣とかみ合ってきた時、手が付けられなくなるのかもしれない。
対するロックレイも、スプレッドオフェンス出身のQBだが、よりウェストコーストオフェンス寄りだ。コントロールが良く、フィールドの縦だけでなく横を使うパスがうまい。今春から来日しており、日本での練習量、実戦経験はバードソンよりも多い。加えてアジャスト能力が極めて高い。プロ野球の外国人スラッガーが、来日当初、ホームランを狙う打撃になってしまうのと同じで、春に数試合プレーした時のロックレイは、TDやロングパスを狙って、ボールを持ちすぎる傾向があった。夏を過ぎて、今秋のリーグ戦では、クイックでコントロールされたパスを、レシーバーにしっかり投げ込んでくるスタイルに変わった。日本のフットボールへの対応は、ロックレイが一歩先んじている。
とはいえ、ロックレイも強肩ではバードソンに負けない。第3節の富士ゼロックス戦では、最初のオフェンスプレーで、目の覚めるようなポストパターンをWR出島崇秀に決めてTDを奪っている。
さらに、ノジマ相模原のレシーバー陣の充実もある。ネイティブと変わらない流暢な英語力で、前任者のデビン・ガードナーとのコンビを経てエースに成長したWR八木雄平は、ロックレイのプレー意図をよく理解している。夏からは、195センチ120キロの強靭なTEヘイデン・プリンキーも加わった。ここまで3試合で、東・中地区ではトップのパス794ヤードを記録しているロックレイだが、出島に257ヤード、八木に241ヤード、ヘイデンに143ヤードと投げ分けており、ディフェンスは的を絞りにくい。
フットボール上のスキル以上に大きいのがロックレイの人柄だ。笑顔を絶やさずフランクで飾らないブルーカラータイプで、フットボール選手というよりは、ターミナル駅などで見かけるバックパッカーのようだ。良くも悪しくも名門校のエースという立場を引きずっていたガードナーとはまったく違う。筆者は「大変失礼だが、あなたを見ているとQBという感じがしない」と質問をしたこともあるが、「それは僕にとっては褒め言葉だよ」と返答してくれた。ノジマ相模原のチームカラーにぴったりはまっている。今最もまとまりを感じるチームがノジマ相模原だが、ロックレイはその中心にいる一人だ。
◇ ◇
両チームは去年まで、キャメロン、ガードナーという、米の強豪大学で活躍した実績とネームバリューを持つエリートQBに率いられてきた。日本での実績は、大きく明暗を分けたが、米カレッジフットボールで練磨された「完成品」が両チームのオフェンスを牽引してきたといってよい。
今、両チームのオフェンスは、未完成の新たなQBを迎えて、彼らとともに成長しようとしている。優れたタレントを見るばかりが楽しみではない。日本で育とうとする米国人QBの戦いが、この試合の一つの焦点だ。
※当初は、
FBS(Div.1A)ジェームズ・マディソン大
と記述しましたが、誤りで、正しくは
FCS(Div.1AA)ジェームズ・マディソン大
でした。お詫びして訂正します。
【写真・文 小座野容斉】
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