WBA世界ミドル級タイトルマッチ12回戦、チャンピオンのロブ・ブラント(アメリカ)対挑戦者で前チャンピオンの村田諒太(帝拳)の一戦は12日、大阪のエディオンアリーナ大阪第1競技場で行われ、2回2分34秒、あまりにも劇的なTKO勝ちで、村田がタイトル奪回とともに、ブラントへのリベンジに成功した。
写真上=村田の強烈な右がブラントを襲う
こういうレポートにこざかしい工夫など必要ない。やるべきは、ただのひとつ。感動を伝えるだけでいい。
試合前からだれかれとなく予想が飛び交った。村田はボクシングのみならず、現代の日本スポーツ界最大のスターのひとりである。そのヒーローは昨年10月、アメリカの地でブラントに惨敗を喫していた。そのダイレクトのリマッチ。有利と予想するのは厳しかった。内容が悪すぎたのだ。ローカルホープに過ぎないブラントのジャブに何度となくはじき飛ばされ、顔を大きく変形させられた。
「前回と同じボクシングはやらない」
試合前、村田は繰り返したが、戦力では上回っているとしても条件は厳しい。すでに33歳。敗れた負い目もくっきりと残っているはず。ボクシング・マガジンの予想も最終的には「試合が始まってみなければわからない」と答えを保留した。
不動のヒーローの復活。あやふやな期待感がもたらしたのか、村田の入場とともに会場にまき散った歓声は地鳴りのようには重厚には響かなかった。「一心に信じたい」という期待と、「思いは遂げられないのではないか」との不安が入り交じっていたから、そう聞こえたのか。
複雑な心理がおり重なった中でゴングが鳴る。ブラントが跳び出した。左右のパンチを振りかざし、左右に速いステップを切る。序盤にスパートをかけ、村田を守備的に追いやって、そのままペースを握る。それがブラントの作戦だったのだろう。
村田は冷静だった。ブロッキングで敵のパンチを殺し、じっくりと追う。ラウンド半ば以降、右ストレートのボディブローがまず効果を上げる。そのパンチが一発二発とめり込むうちに、ブラントの動きが落ちてくる。今度は顔面に放り込んだ村田の右が冴えてくる。ラウンド序盤のブラントの手数を考えるなら採点は難しくなるが、終盤戦、流れははっきりと村田に傾いていた。
ジャブを駆使し、距離をとって戦う。ブラントの本領の文脈が乱れているうちに、村田は一気に勝負をかけた。
2回だ。右ストレートが効いた。ブラントが前のめりによろける。この後、1度のダウンでの8秒間のブレイクを挟んで、村田は2分間、パンチを出し続けるのだ。左フックから右、ブラントが仰向けに倒れて、さらに立ち上がっても足もとはふらついたまま。村田が追う。さらに追う。軸にするのは得意の右。だが、それだけではない。左フックのボディが当たるたびに、ブラントの腕が下がる。すかさず同じパンチを顔に。大きくよろける。逃げ惑うブラント。2度ほどロープに崩れたが、それでも倒れない。最後は左フックでお膳立てしてコーナーに追い込み、右ストレートで顔を跳ね上げた。ブラントはもうバランスを管理できない。右の追い打ちに大きくよろけたところで、レフェリーのルイス・パボンはようやくストップをかけた。
『村田コール』の嵐の中で手を上げられた村田は、滂沱の涙の予感に立ちすくんでいた。
「この試合が最後になるかもしれないと覚悟していました。だから悔いなく戦いたかった。そして練習してきたことがそのまま出せました。チーム帝拳に感謝します」
勝者は歓喜にとことん従順だった。
「左フックはスパーリングでも効かせることがありました。できるものがそのまま出せたから、この結果につながったと思います」
「南京都高校、東洋大学、そして帝拳ジム。僕に居場所を与えてくれました。すべてに感謝します」
試合後、村田は感謝という言葉を何度、繰り返しただろうか。素晴らしい。あまりにも素晴らしい。
沸き立つ熱狂の傍ら、敗者は笑顔で取材者を出迎えた。
「ムラタは彼の宿題をよくやったと言うこと。第1戦とは違っていた。ストップについては、レフェリーが判断すること。私が言うべき立場にない。第3戦を望みたい」
前戦からトレーナーについた元世界ライトヘビー級チャンピオンのエディ・ムスタファ・ムハマドが、ぽつんと言った。
「これもボクシングだ」
輝く陽光の裏側にはほの暗い陰影が必ずある。だが、今日だけは日本のヒーロー、村田諒太の勝利だけをかみしめていたい。9ヵ月前、痛切な思いにさいなまれたのは、そう、この村田諒太なのだ。
文◉宮崎正博
写真◉早浪章弘、毛受亮介
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