先週のウィークエンド・プレビューは都合により休載しました。ゲンナディ・ゴロフキンのカムバック戦など見どころ十分のカードもあっただけに残念でしたが、そちらのレポートは次号のボクシング・マガジンで。今週はトップランクと契約したタイソン・フューリーが登場する。さらにもうひとつの注目はラトビアのリガで行われるWBSS(ワールドボクシング・スーパーシリーズ)クルーザー級準決勝になる。
写真上=タイソン・フューリー(左)とトム・シュワルツ
◆楽勝を義務づけられたフューリー
★ヘビー級12回戦
タイソン・フューリー(イギリス)対トム・シュワルツ(ドイツ)
フューリー:30歳/28戦27勝(19KO)1分
シュワルツ:25歳/24戦24勝(16KO)
フューリーは昨年12月、デオンテイ・ワイルダーとの死闘ですっかり男を上げた。ワイルダーのものすごいパンチを浴びて、まさしくぶっ倒されたのに、よっこらさと立ち上がると、ぐいぐいと反撃に転じる。終盤には強打のWBCチャンピオンに追い詰めるシーンも作って、引き分け判定でも一気にスターダムに返り咲いた。
何よりも身長206センチ、体重116キロの大巨漢。定住の地を持たないアイリッシュ・トラベラーズが出自。父親の代までは裸の拳で殴り合う拳闘家が一族の稼業だった。さまざまなキャラの持ち主であるから、人気を集めて当然だ。
父の薫陶を受けて、純拳闘でプロ入り後はサウスポーでも上手に戦える器用さを見せ、無敵王者ウラディミール・クリチコを破り、一度はトップに立った。ところが、世界ヘビー級チャンピオンであることの重圧に敗れ、酒と薬物に走る。そして、戦うことなく王座を返上した。
そんなフューリーの勇ましいカムバック劇に、ヘビー級は騒然となったもの。さて、再び快進撃を開始するのか。ワイルダーとの再戦は確実視されていた。ところが、ワイルダーの所属するPBCとはライバルとなるトップランクと契約。ひとまず、ビッグマッチはお預けになった上に、再スタートの相手は無名のシュワルツ。正直なところ、多くのファンはがっかりした。
ただ、これも考え方次第。当面の注目カードが実現しないなら、派手な立ち回りで先延ばしになった期待感をもっとあおってほしい。大番狂わせでアンディ・ルイス・ジュニア(アメリカ)に敗れたアンソニー・ジョシュア(イギリス)の戦線復帰も先の話である。
シュワルツの国際的評価は低くても不敗で197センチとなかなかの巨漢でもある。無難ではなく、豪快な勝ちっぷりこそが、今回のフューリーのテーマである。
◆強打のハートがライトヘビー級に転向
ジェシー・ハート(アメリカ/29歳/25勝21KO2敗)がライトヘビー級転向第1戦を行う。スーパーミドル級のトップクラスとして長く活躍してきたハートは、WBOチャンピオンだったヒルベルト・ラミレス(メキシコ)への2度の挑戦はいずれも敗れているが、採点上は競っていた。
父親はオールタイム強打者ランキング100傑にも名前を連ねる1970年代のミドル級ユージン・サイクロン・ハート。結局、世界タイトルとは無縁だった父のためにも、タイトルは是が非でもものにしたい。そして息子の決断はラミレスを後を追っての新天地ライトヘビー級への転進だ。身長191センチと体格的には問題ない。父親ほどではないが、パンチの切れ味もある。
ただ、第1戦の相手サリバン・バレラ(キューバ/37歳/22勝14KO2敗)は難物だ。アンドレ・ウォード(アメリカ)やドミトリー・ビボル(ロシア)ら超一流には歯が立たなかったが、長いアマチュアキャリアをベースにした手堅い戦いを見せる。もうかなりの年齢になるが、しなやかな動きも維持している。
ハートとしても展開の折々に強打を決めていかなければ、厳しい戦いになるかもしれない。
この日はもうひとり注目の選手が出場する。トップランクと契約するライト級の女子ボクサー、ミカエラ・メイヤー(アメリカ/28歳/10戦10勝4KO)だ。
働きづめの父のもと、3度も転校を経験するほどの厳しい少女時代を送り、17歳でボクシングをスタート。ボクサーの特待生制度のあった北ミシガン大学に進んで、2016年のリオ五輪代表の座を勝ち取った。2017年にプロ転向し、慎重なマッチメイクもあって無傷のままここまでやってきた。
10回戦で対戦するリズベス・クレスポ(ボリビア/28歳/13勝3KO4敗)の戦力は不明瞭ながら、メイヤーは手軽にクリアしたい。当面の目標、スーパーフェザー級の世界タイトルはもうそんなに遠くはない。
ラトビアで
WBSSクルーザー級準決勝
★WBO暫定世界クルーザー級タイトルマッチ12回戦/WBSS準決勝
クジシュトフ・グロワキ(ポーランド)対マイリス・ブリエディス(ラトビア)
グロワキ:32歳/32戦31勝(19KO)1敗
ブリエディス:34歳/26戦25勝(18KO)1敗
★クルーザー級12回戦/WBSS準決勝
ユニエル・ドルティコス(キューバ)対アンドリュー・タビティ(アメリカ)
ドルティコス:33歳/24戦23勝(21KO)1敗
タビティ:29歳/17戦17勝(13KO)
人気の集めるのは、地元のKOスター、ブリエディスが出場するカードのはずだ。警察官が本業でキックボクサーとしても著名だったブリエディスは一度はWBCタイトルを獲得して、国民的スターとなった。
ボクシングそのものは躍動感がもうひとつ。クィックネスに乏しく、激しくプレッシャーをかけるというほどでもない。だが、勇敢なタフガイが懸命に勝利に追いすがる姿が共感を呼ぶのか。もっとも、最初にその名を売ったのは、驚愕のパンチングパワーだったのだが、KO勝ちから遠ざかってもう3年になる。
一方のグロワキはテクニカルなサウスポー。前足、後ろ足と微妙に重心を移して、巧みに距離を作る。右フックには一発KOの威力を秘めている。ブリエディスははっきりと意図して距離を詰めに行かなければ、不利な流れになるのを免れることはできない。
もう一つのカードはなかなか魅力的だ。戦績が示すようにドルティコスは打ち合い大好き。キャリア序盤の滑らかな動き、鋭いステップを考えたら、もっと違った育ち方もあったと思えるが、激闘に次ぐ激闘のままベテランの域に入った。打ち合いでの強みを支えるのは、もちろんその強打。右でも左でも一発で倒せる破壊力がある。
一方のタビティはハイセンスなテクニシャン。切れ味が光る。ヘビー級からクルーザー級に帰ってきたスティーブ・カニンガム(アメリカ)、ラティーフ・カヨデ(ナイジェリア)に打ち勝ち、WBSS初戦では不敗のルスラン・フェイフェル(ロシア)を振り切った。
タビティの経験にやや不安が残るが、ドルティコスのビッグパンチに惑わされなければ、判定勝ちの線が濃いとみる。
WBSSもバンタム級、スーパーライト級は盛り上がっている。いささか地味なクルーザー級もこの準決勝から火をつけたい。
ウォーリントン、再びイギリス決戦
◆ウォーリントン、再びイギリス決戦
★IBF世界フェザー級タイトルマッチ12回戦
ジョシュ・ウォーリントン(イギリス)対キッド・ギャラード(イギリス)
ウォーリントン:28歳/28戦28勝(6KO)
ギャラード:29歳/26戦26勝(15KO)
イギリスのボクシング界はとても層が厚い。地元リーズでは絶大な人気を誇るウォーリントンも、タイトルを奪ったリー・セルビー、初防戦のカール・フランプトン、そして今回の指名防衛戦、ギャラードと世界戦はすべて同じイギリス人相手となる。その間に、かつては威勢のいいファイターでも決め手が物足らないと言われてきたのだが、評価をグングンとあげてきている。カタール出身のギャラードは、アメリカでの評価が高いトカ・カーン・クレイリー(リべリア)を破っている実力派だが、勢いのあるウォーリントンが予想では優位に立っているのは仕方ない。
とにかく粘っこく、ハイテンポで攻防を組み立てるウォーリントンに、ギャラードはどこまで我慢できるのか。挑戦者が簡単に巻き込まれるようなら大差判定、あるいは終盤ストップもありえる。
◆センスに富むアーサーに注目
エディ・ハーンと肩を並べるトッププロモーター、フランク・ウォーレンのイベントだけに前座には英連邦タイトルマッチ2組のほか、有望選手がずらりと並ぶ。その中で注目したいのは、ミドル級のリンドン・アーサー(イギリス/28歳/14戦14勝11KO)だ。188センチの長身で、やや変則的な間合いながら多角的な攻撃を見せる。イギリス国内でも「トップまで間近」という評価もある。8回戦で対戦するアンドレイ・ソルドラ(ポーランド/33歳/15勝7KO6敗1分)はやや実績で見劣る相手だけに取りこぼしは許されない。
◆ダラキアンが地元で指名防衛戦
★WBA世界フライ級タイトルマッチ12回戦
アルテム・ダラキアン(ウクライナ)対デンナパ・キャットニワット(タイ)
ダラキアン:31歳/18戦18勝(13KO)
デンナパ:27歳/21戦20勝(15KO)1敗
東ヨーロッパの軽量級では随一の実力派、ダラキアンが3度目の防衛戦を行う。相手は1位のデンナパで指名戦になる。
力強いタッチで正確に展開を刻み、強烈な右ストレートを軸に攻撃を組み立てる。やや堅苦しいが、そんなダラキアンの東ヨーロッパ流ボクシングは見ている分には心地いい。
デンナパは残されている記録の上では5年前、日本でKO負けデビューしてから20連勝をマーク。ただ、多くのタイ選手同様、これといった強豪との対戦はなく、実力はあくまで未知数だ。
昨年、ロサンゼルスで古豪ブライアン・ビロリア(アメリカ)を破ってこのタイトルを手に入れたダラキアンの力は確か。無難に予想するならチャンピオン優位とするのがベターだろう。
◆爆発的なKOスターが対決
実力とは関係なしに、とんでもない強打者同士の対決となったら、やっぱり胸躍る。16日にロシアのエカテリンブルクで行われるクルーザー級12回戦はそんなカードだ。
一方はドミトリー・クドリャショフ(ロシア/33歳/23勝23KO2敗)。左右の拳とも当たったら、とんでもない破壊力。しかし、2敗は35歳のベテラン、オランレワジュ・デュロドラ(ナイジェリア)にもろくも逆転でストップされたものと、ユニエル・ドルティコスの強打に深々と失神してしまったもの。対戦するのはイルンガ・マカブ(コンゴ/31歳/24勝23KO2敗)。ゴムまりのような動きから多彩な強打を打ち込んでくる。初の世界挑戦では初回からダウンを奪って好調だったが、トニー・ベリュー(イギリス)にど派手に逆転されてしまった。
このふたりの対決。一瞬先は闇。どんな結末が待っているかわからない。
同じカードには重量級にドカンとばかりに人材をそろえるロシア勢が本領発揮。クルーザー級の精鋭が続々と登場する。リオ五輪ヘビー級金メダルのイブゲニー・ティシチェンコ(27歳/4戦4勝2KO)。2013年ヨーロッパ選手権ヘビー級優勝のビクトル・エゴロフ(27歳/8戦8勝6KO)。キックボクシング7冠のアレクセイ・パッピン(31歳/10戦10勝9KO)は1年ぶり。KOアーティスト、ユーリ・カシンスキー(33歳/17戦17勝16KO)。加えてヘビー級のイブゲニー・ロマノフ(33歳/12戦12勝9KO)も2009年ロシア選手権のチャンピオンだ。
観客もこれだけたっぷりとKOスターを見続ければ満足のはずだ。
◆女子金メダリスト、モスレが5戦目で勝負
リオ五輪女子ライト級金メダリスト、エステル・モスレ(フランス/26歳/4戦4勝1KO)は14日。フランス・マンシュ県シェルブールで、ルーシー・ワイルドハート(スウェーデン/26歳/5戦5勝2KO)と10回戦を行う。この試合にはマイナータイトルながらもIBOの世界ライト級王座がかけられており、モスレにとってはプロ5戦目での大きなトライにもなる。
2018年にさして騒がれることなくプロに転向したモスレは、その後も大都市圏ではなく、地方で試合を重ねてきた。もともと慎重な技巧派で派手さはないのだが、それにしても地味な活動だった。それがプロ11ヵ月目の世界挑戦。相手のワイルドハートはイギリスにベースを移して腕を磨き、5戦目でIBOインターナショナル王座を手に入れたなかなかの強敵。じっくりと戦い、しっかりと最初の栄冠をつかみたい。
現在の女子のライト級はメジャー4団体すべての世界チャンピオンとして、ケイティ・テイラー(アイルランド)が君臨している。アマチュア時代、このテイラーを破り、自らの手で新旧交代を告げたモスレは、この一戦でプロでの実績でも大きく差を縮めたい。夫でやはりリオ五輪金メダル(男子スーパーヘビー級)のトニー・ヨカも、ドーピング疑惑での1年間のサスペンドからもうすぐ帰ってくる。モスレは張り切る材料ばかりだ。
◆クリスティ・マーティンが12度目のイベントをプロモーション
女子ボクシングの話題が続くが、クリスティ・マーティン(アメリカ)のことを覚えているだろうか。チャーミングな笑顔とダイナミックなファイトスタイルで人気を博したスターガールだった。多くのビッグマッチで前座に起用され、大きな知名度を誇った。主にライト級からウェルター級で活躍し、2012年に引退するまで59戦49勝(31KO)7敗3分の戦績を残している。
さて、そのマーティンだが、今もプロモーターとしてボクシングにかかわっている。2016年に最初に手掛けた興行からずっとノースカロライナ州をベースにしてきたが、この14日はフロリダ州ジャクソンビルでの開催になる。
出場する選手にもスーパーミドル級のカルロス・モンロー(アメリカ/24歳/15戦15勝12KO)、世界ユース選手権スーパーヘビー級優勝からプロ入りしたダミアン・ロック(アメリカ/23歳/15戦15勝10KO)と有望株もいる。この日は自身の51歳の誕生日から2日目、興行するサイドでも大成を目指しているようだ。
文◎宮崎正博
写真◎ゲッティイメージズ
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